ある画家のエピソード

青年の貧乏な画家。友達を戦争で失ってショックを受けている。
絵のモデルに猫を選ぶ。猫をスケッチしている。猫が動く。猫をひもで縛り付ける。
猫が死ぬ。

それを発展させて

お節介焼きのおばさんと部屋に戻ってくる青年。疲れ果てているが優しい。
洗濯物を出しっ放しにしておばさんに怒られている。
「洗濯物出しっ放しにして出かけちゃ駄目さ。どこへ行ってたのまったく。
今日みたいな日はいつ雨が降るかわからないんだから。シャツ、ちょっと濡れたけど乾かしといたからね。」
「すみません。」
「まああんたが物干しを直してくれたから良いんだけどさ。そのお礼だよ。けどあんた、物干しの元になんかおいたろう。
猫ほったのかい。いいねえ。あんたがくれたあのひまわりの絵好きだよ。くねくねとまがってへんだけど飾ってあるよ。」
「ええ」
「で、絵は売れたのかい。今日もそれで行ったんだろ。その何とかって言う絵を売ってるとこ」
「いえ」
「そうかい。あ、あとでうちで採れたリンゴ持ってきてやるよ、食べるんだよ、描いてばかりでいるんじゃないよ、食べなきゃ」

などとこの青年がこの街でひっそりとして暮らしていることがわかる。
借金取りがやってくる。暴力をふるわれるがなにも出来ない。飼っていた猫を蹴飛ばし借金取りは去る。

画商がやってくる。青年が売りに行った時、他の絵も見て欲しいと誘ったのだ。
次々とみて「わからんよこれじゃあ。一体何が言いたいんだ?ああ、でもこれは古い。こんな流れじゃ買う奴は居ないね。」
『君の絵は妙に色気がある。食うのに困っているんだろ。ちゃんとした絵じゃなくてこんな本に載せる挿絵描かないか?
いや、ちょっと表には出せない本だけれど、買う奴が居るんだよ、こういうのは。こっそりとスケベな男が。芸術性なんかいらない。
ただ激しくこう、ぐふふ。やんないと飢え死にするぞ。どうせおまえさんの絵は俺の店じゃ売れる見込みはないんだから。やるかい?」
「考えておきます。」
「そうかい、じゃ、物書きさんが書いた原稿持ってくるからそれにあわせたぐふふな絵を描いてくれよな。」

画商が去ったあと、雑誌を手に取り、吐き気がしてくる。叩きつける。

派手な女の子が来る。やせてはいるがどこかハンサムな顔のこの男をからかいに来た。もしかしたら好きなのかも知れない。
部屋にある道具や絵や、粘土の型にいちいち大騒ぎ。友達もやってきて
「うわー、アトリエって初めて見た、すごーい、ねえ、こん人があなたの彼氏?あれ、この部屋ちょっとかびくさいかしら。」
「今日のお祭り行かない。」
などと青年に関係なく大騒ぎ。どこか街で噂になっていたのかも知れない。
一時似顔絵描きで街に立っていたが青年はなぜかそれに耐えられなかった。
そんなときに描いてあげた一人が妙に青年を気に入って追っかけてきたのだ。
女の子達が雑誌を見つけ大騒ぎ。「気持ち悪い。」「こんなの描いてるの」
「じゃ私たちを見てる時もそんな下心で、私たちの裸を見ていたの?気色悪い。よらないで。それともあたしなら。」
「うるさい」女を追い出す。

雑誌を切り裂き捨てる。
猫と一人でしんみりとおしゃべり。猫と話している時がこの青年の気が休まる時。

ふっと窓の外を見る。子ども達が遊ぶ声が下から上がってくる。青年の気にかかっている女の子が隣のビルから買い物でも行くのか
籠を持って出ていく。じっと見送ったあと
「何をしている子なのかなあの子。」と猫に語りかける。

女がやってくる。画商にモデルをやってこいと言われたんだという。
「原稿も持ってきた。でもあんたほんとうにこんなのに描くの?」
「いや」
「燃えるような格好をして絵が盛り上がるようにしてやれって言うんだけどさ、気が乗らないな」
描きかけの絵などを見て、「ふーん、こんな絵好きだな。」「あれ、これだあれ。この街だよねこれ。」
窓の外を見て
「あ、ここだここだ。とすると、この子はあそこに立って。こっちに手を上げて。目が良いな。この目、この目。
あなたこの子のことが好きなんでしょ。だあれ」
「知らない、この世にいない人だよ。」
「ね、あたしも描いて。」
「え?」
「あたしも描いて、他の奴に裸描かれたことあるけど、みんなただいやら……。あんたに描かれたら何か変わりそうな気がする。
あたしの今なくしている物を見つけてくれそうな気がする。ね、描いて。脱いでも良い。」
「そっち向いて。そこに。そう、左肩あげて、顎はだして」
スケッチが始まる。
手を触れてポーズの指示もする。二人の中に緊張感が走る。絵はすすむ。
「あなたはどこから来たの。秘密なんだってね。大家さんが言ってた、金を払うから置いてるんだ。追い出すぞって」
「どこから来たの。突然この街に来たよね。北の国との戦争が終わって次の年だっけ。覚えてるよ。
ぼろぼろな格好であんたが駅のベンチにつっぷしてたの。そん時は気持ち悪くて近寄れなかった。へんな噂もあったしね」
「噂?」
「軍隊から逃げてきたって。仲間を裏切って。でもいいのあたし、あたしも人のことなんか言えないもん。あんたがどんなひとでもいい。
あたしのなくした物を、友建ちからにげたあたしを」
「友達……」
「いいの、描いて。今日はお祭り、花火が上がるの。どどーん、どどーんって。大きい音。耳破れちゃうんじゃないかって大きい音。
それでみんな忘れるの。辛いことも悲しいこともあの火と音で、どどーん、どん、どん、ばひゅーん。火と地響き……」
「帰ってくれ」
「え」
「帰ってくれ、とにかく帰れ」
「なにかあたし変なこと言った」
「なにも、でも、今は描けない。帰れ」
女は服を着て帰る。

青年、いらいらと部屋の中を歩き回り、花瓶の花を描こうとする。描けない。花を捨て猫を書き出す。
猫動く。「動くな、そう、そのまま」『動くな」ついに猫を縛り付ける。「よし。」描く「動くな」さらにきつく縛り付け締めかかる。
暗くなってくる。月の光が猫に当たる。花火が始まる。すごい音。銃の音、爆弾の炸裂する音になる。
幻想が現れる。
戦地に一緒赴いた友が縛られ惨殺される。青年の目の前で。青年はその友を売って生き延びた。その幻想に苦しみ引き払おうとして
青年は猫の首に掛かってひもを強く引き絞る。猫死ぬ。

猫たち、青年を囲む。青年笑い出す。「な、ひでえだろ。おれを縛り付けてこう締め上げたんだ。な、そう思うだろ」
白い猫が答える。「あんたその絵描きが好きだったんじゃないの」「なんだと」
「だって、その絵描きの気持ちがよっくわかっているから。」
「ふざけるな。俺が何を話してもおまえはおまえはおまえは」「何よ」「俺の猫になれ」「ふざけるんじゃない」
「俺の俺の俺の」「なに」「そばにいてもいいかい」

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