花火 作・土田峰人
 

第七と一稿 Ver7.1    2001/3/1 印刷
よいお芝居作るための たたき台です。

船着き場に近づく船の音。桟橋にあたる激しい波の音。客電が静かに消えていく。
花火の上がる音。歓声。心臓の音。緞帳があがる。昭吉。空間と時間がゆがんでいる。
みどり、昭吉を見ていたが、美砂を空間に呼び寄せる。

みどり 美砂ちゃん。
美砂 (破壊された感じの二歳児。昭吉を見て。)その人が、お父ちゃん?
もうじき話せるようになるよ。
みどり 私を、殺したお父さん?
美砂 ……。
みどり ……。
美砂 美砂ちゃん、見てくれるかな。
みどり え?
美砂 川を渡る前に人は生きてきた道を振り返るの。渡し守が手を貸して。
みどり (集中する。念力をだす。)はいや。(渡し守達、登場)
はいや。
渡守達 10、9、8、7、654321♪ はいはい。
全員

新たに踊り装束の男達が引き寄せられる。あるいは渡し守達が変身するのかもしれない。
渡し守達は、次々と思い出を紡いでいく。

渡し守 それは夏から始めるのが一番。
渡し守 夏、20年前の夏。

ここは島の広場。激しい太鼓と踊り。

男達 そや。そや。らい。そら。はいやあ。

踊りが決まる。取材に来ていたテレビ局員が、良夫をつかまえる。

局員 君、名前なんていうの。
良夫 矢島です。
局員 矢島……
良夫 良夫です。
局員 良夫君か、東京来ないか。
良夫 え?
局員 ぴったりなんだ君、探していたんだ。そうだ、あそこで。

去る。追いかける野次馬と男達。渡し守達これを見おくる。

渡し守 美砂ちゃんの弟だよ。
美砂 おとうと?
渡し守 七つ下。
美砂 美砂、二つ。
渡し守 冷や麦出来ました。
みどり はい。
美砂 ひやむぎ?
みどり 冷や麦と素麺どう違うかわかる?
美砂 ……。
みどり (観客に)わかりますか。(観客の一人をつかまえて)教えてくださ
い。早く!
渡守達 10、9、8、7、654321♪
みどり はい、素麺と冷や麦はどうちうか。
渡守達 はーい。はーい。
みどり はい、じいちゃん。
爺 冷や麦はぶ、ぶ仏教じゃ。日本の夏はお線香と冷や麦じゃ。
みんな なんで?
爺 そうめんはキリスト教じゃろ。おお神様、ソーメン。
渡守達 ソーメン?
♪ソーメン、ソーメン、ソーメン、ソーメン、ソメン、はいはい。
みどり ♪ 何がキリスト教だよ
渡守達 ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな、ソーメン、はいはい。
みどり ♪ いつもくだらねえ事言ってると消しちゃうよ。(爺ちゃんを消して
しまう。)
渡守達 うわはあ、どっこいしょ。どっこいしょ。

こんな遊びをしている間に渡し守達は、舞台を転換する。

渡し守 小麦粉と植物油で練るのが素麺。
渡し守 冷や麦は
渡し守 塩水だけで練るんだよ。油を使わないのが冷や麦。
渡し守 冷や麦の方が冷たくておいしい。
渡し守 素麺は温めてもおいしい。
渡し守 暖めた素麺を煮麺ていうの。
渡し守 うそだあ。
渡し守 ほんとだもん。
みどり 美砂ちゃんどうしたの。
美砂 そうめんは流せる。
みどり うん。
美砂 思い出流せない。

鈍い爆発音。溶暗。ウミネコの騒ぎ立てる声。のどかな鳥の声。蝉の声。丘の上の矢島家。
明るい日差し。丘の下に聞こえる波の音。お昼の支度に忙しい母。京子の木琴の音。

渡し守 そうあの子の思い出は流せない。
渡し守 あの子が生まれた家。
良夫 東京へ行かせて。
八重 駄目。
良夫 テレビ局の人がいったっしょ。きっと売れるって。
八重 誰にでもそんなこと言うんだ。ああいう人は。
京子 テレビ局の人って始めて見たあ。
良夫 助役さんが呼んだんだよ。観光で売り出したいって。したら俺に目をつ
けて。小さい頃からデビューした方が売れる。今からだって遅いぐらい
だ。君は島を出るべきだって。
八重 父ちゃん、良夫に花火継いでもらいたいんだよ。
良夫 歌も踊りも筋がいいっていわれたんだよ。
八重 花火の筋もいいよ。父ちゃんの血をひいているんだもの。さ、お昼だ
よ。京子。お昼。おひる。
京子 ぐぇぐぇぐぇ。
八重 なあに。
京子 あひる。おひる。
八重 あんたも父ちゃんの血をひいているね。
京子 さくらんぼとみかんだ。
八重 たつさんが分けてくれたの。
京子 きれい。

作業途中の昭吉、帰ってくる。

昭吉 (登場)ただいま。
京子 父ちゃんだ。
八重 (驚いて)今日はうちでお昼食べられるの。
昭吉 大玉の仕込みが終わった。
八重 どう?二尺玉。
昭吉 仕込むだけで手がふるえた。
京子 母ちゃんが観光センターで作ってくれた冷や麦、さくらんぼとみかんが
仕込んであります。
良夫 父ちゃん……(話しかけようとするが)
昭吉 みかんはキチッと同心円に並べたか。さくらんぼは内側がいい。
八重 花火じゃないんだから。
昭吉 赤が内側で黄色がその先になる。
八重 頭の中は花火のことばっかり。
京子 いただきます。
みんな いただきますのご挨拶。いただきます。(舞台上で本物の冷や麦を食べ
る役者達。)
京子 今年初めてだね、みんなでお昼食べるの。いつも父ちゃんいないんだも
ん。
昭吉 半年ぶりか?
京子 8ヶ月ぶり。
八重 もうお盆の送り火だものね。
京子 みんなで食べるといつもの百倍おいしい。
昭吉 京子もいつもの百倍かわいいぞ。
八重 (冷や麦を夢中で食べている良夫を見て。)昭ちゃん、良夫も百倍かわ
いいよ。声変わりもしないで欲しかったな。
良夫 ちいちゃいままでいて欲しかったってこと?
八重 ずっとそばに居て欲しいってこと。
昭吉 ネギ。
八重 はい。
良夫 父ちゃん、俺、
昭吉 ネギも同心円に並べるとうまい。
八重 花火じゃないんだから。
昭吉 みどりがならんで
八重 頭の中花……あ、おもいついた。
京子 かあちゃん食べるとなんか思いつく。
八重 長い花火。お空に垂直に白い長い線と緑の長い線がはいって。
みんな ……。(ややあって冷や麦をすする)
八重 ところどころミカンの実が並ぶ。
みんな ……。(ややあって冷や麦をすする)
八重 さくらんぼもつけちゃおうかな。さくらんぼ、ん、ぼんって。
みんな ……。(冷や麦をすする)
八重 きれいだろうな。
京子 冷や麦、花火にならないと思う。
八重 名前は冷や麦花火、
みんな ……。(冷や麦をすする)
京子 頭の中花火の事ばっかりなんだから。
八重 あ。
両親娘 あははははは。
京子 父ちゃんの二尺玉小島新聞に載ってた。
八重 日本でも二尺玉あげられる人少ないからね。
京子 早撃ち、華の八連発の事も載ってた。
八重 さかすは花火師矢島昭吉ってね。
京子 写真も。
良夫 小島新聞なんて300部しか出てないじゃないか。
京子 島の家全部に配られるんだよ。
良夫 全部で300なんだよ。島の家。
京子 一つの家にはいっぱい人が居るんだから。六人はいたとして……いっぱ
い。父ちゃんの花火はとってもきれいだって書いてあったもん。
八重 おかあちゃんが絵を描いてるんだもん。
京子 かあちゃんが絵を描く。
八重 それを昭ちゃんがお空に光で描くの。
京子 父ちゃんが光で描く。
八重 赤の灯台から緑の灯台まで、二尺玉で大っきく描くの。
京子 にしゃくだま。
八重 60センチの玉の中に
昭吉 60.6センチだ。
八重 沢山の粒が入っているの。
昭吉 星だ。
八重 1600個も入っている粒は、燃えるとき色がみんな違う。
京子 みんな違う。
八重 鉄が入っていると赤い光。
京子 赤い光。
八重 銅だと、青い光。
京子 青い光。
八重 ナリリウムだと。
京子 ナリリウム?
昭吉 ナトリウムだ。
八重 母ちゃん、カタカナ嫌いなの。ナリリウムだと
昭吉 うう。
八重 色が出るんだって。
昭吉 うう。
八重 赤い光がぱーっとひろがったら、
京子 ぱーっ。(赤い麺を振り回す。)
八重 すっと消えて、(赤い麺が昭吉の顔に飛ぶ。)今度は緑色の光がぴょー
って。
京子 ぴょーっ。(緑の麺を振り回す。)
昭吉 う。(顔が赤と青の縦縞になっている。)
八重 昭ちゃん。
京子 冷や麦花火だ。
八重 食べちゃおう。
良夫 やめろよ。かあちゃん。
八重 ふいてあげる。もっと口とんがらがして。あーん。
良夫 やめろよ。
八重 やける?昭ちゃんと八重ちゃんはラブラブなの。
京子 たまにみんなで一緒に食べると興奮してすぐこうなるんだもん。
八重 だって今日二尺玉あがるんだよ。昭ちゃん、二尺玉ってどのくらいの高
さで破裂するの。
昭吉 ……。(夫婦だけにわかる曖昧な返事)
八重 500m。東京タワーはるかに下だね。
京子 東京タワー見たことない。
八重 父ちゃんとであったとこなの。
京子 えーっ。
八重 おじいちゃんが出稼ぎ先で倒れたんで、東京に行ったときに。へへ。昭
ちゃん、二尺玉ってどのくらいひろがるの。
昭吉 ……。(夫婦だけにわかる曖昧な返事)
八重 480m。船着き場より大っきいね。二尺玉あげるの昭ちゃんの夢だっ
たものね。
良夫 二尺玉つくる金、誰が出したんだよ。
八重 誰って。
良夫 金かかったんしょ。うち貧乏だよね。昼、冷や麦だけ。朝と夜は蛸だ
け。
八重 蛸は吸盤がいっぱいあって栄養がある。
良夫 ただでもらえるからっしょ。お金みんな二尺玉になったんでしょ。
八重 良夫。
良夫 観光センター夏なのにお客ぱらぱら。(昭吉に)わかってるの、母ちゃ
ん、あっちの家、こっちの家って掃除や洗濯引き受けて、必死に働い
て、とうちゃん花火で遊んでばっかり。
八重 昭ちゃんはこのあたりの島の花火は全部引き受けて、
良夫 夏だけじゃないかお金もらえるの。
八重 良夫、お金を出してでも買う苦労って、いいもんだよ。
良夫 父ちゃんなんて只のひもだ。
八重 ひも?良夫、あやまりなさい。父さん、がつんといってやって、がつん
と。
昭吉 がつん。
良夫 父ちゃん東京行かせて。東京行きたい。
昭吉 東京?
良夫 昨日来たテレビ局の人が誘ってくれたんだ。
昭吉 テレビ?
良夫 デビューしないかって。
昭吉 やめろ。
良夫 なんで。
昭吉 おまえなんかすぐ捨てられる。人間は地道にやるのが一番いい。
良夫 とうちゃんは何やってるんだよ。花火が地道なのか。
昭吉 これは仕事だ。
良夫 こんな島で花火やるなんてただの遊びだよ。人が居ないんだよ。魚もこ
ない、観光も牛もダメ。海が荒れたら連絡船も出ない。こんな島にいて
俺何やったらいいんだよ。
昭吉 花火をやればいい。
良夫 ざけんなよ。
昭吉 ここが一番だ。東京なんか行くな。花火をやってみろ。いつかみんなが
戻ってくる。
良夫 お盆だけだね戻ってくるの。花火なんかやだよ。去年、玄さんだって指
とばしたんじゃないか。
昭吉 良く知りもしないくせに、子供がよけいなこと言うな。
良夫 知りもしない、しりたくないね。父さんが、昔、花火で起こした事故と
か、……、
昭吉 ……。(不可解な動きを始める。)
八重 良夫!昭ちゃん。
良夫 ……。
昭吉 ……大丈夫。
八重 良夫、花火は怖い。華やかだけれど上がったら一瞬で消えてしまう。で
もかあちゃんはその消えるときが好きなの。東京タワーで昭ちゃんにそ
れいったら、島に来て花火上げてくれるって言ってくれた。島が一番華
やかだった頃だな。父さん、お師匠さん達も連れてきてくれて花火始め
たら人がいっぱいきてね。嬉しかったな。花火は消えたときはさみしい
けれど、待っていると、次がぱっとさくでしょ。だからかあちゃんはそ
の消えているあいだが好き、まっているあいだが。いつかまた光るって
思えるから。
京子 かあちゃんが書いた花火の詩があったでしょ。
八重 うん。
京子 歌作った。聞いて。
♪ ひかりかがやくとき
  わずかな とき
八重 歌作った。でもなおしちゃおうかな。
京子 え?
八重 ♪ 光り輝くとき、わずかな時。
後は……。♪ はかなくきえた やみに
京子 ひゅーん。
八重 ♪ あかいひかり。
京子 ぱんぱぱ〜ん。
八重 出来た。
母子 ♪ ひかりかがやくとき
  わずかな とき
  はかなくきえた やみに
京子 ひゅーん。
八重 ♪ あかいひかり。
母子 ぱんぱぱ〜ん。

玄、花火師。左手が不自由。サブ、見習い花火師。カナ、良夫のファン、登場。

サブ 美人だあ、すっげえ美人たあ、あれこそ美人。
カナ ほんとだよね。ほんとだよね。
八重 サブちゃん、なあに美人って、私?
サブ やだなあ、おばさん。
カナ いっちゃって、おばさん。
八重 おばさん。
カナ ごめんなさい、おかあさん。
良夫 どうしたんだよ、サブにい。
サブ 連絡船からすっげえ美人がおりて来たの、言ったの。『花火を見に帰っ
てきました。二尺玉が楽しみにしています』
玄 せっちゃんだよ。
昭吉 せっちゃん。
八重 大野さんの?
昭吉 ……。
サブ きれいだった。こう、髪を風に揺らして、すらっとしてて
八重 小さいとき、かわいかったもの。
サブ 東京のなんていうのかな、肌なんかも島の奴みたいにがさがさじゃなく
てさ、ほっぺなんかつるんとしてて。
カナ プリンじゃないの。ばか。あははは。
八重 ほほがきれい?
玄 やけどのあと消えていたよ。
八重 ?
昭吉 本当か。
玄 よかった、よかったよ。
昭吉 ……ああ。
サブ 東京なんかやめろよ。
良夫 え?
サブ 俺も弟子入りしたんだ。一緒にやろうよ。あの人が言った。『花火を見
あげていると、死んだ父や母と一緒にいるような気がします。』
玄 思い出しちまったよ。二十年前と同じ事言うんだもんな。八つだったよ
なせっちゃん。『死んだ父ちゃん母ちゃんと一緒にいるような気がする
から、おじさん花火やめないでね』って、ここで泣いて。
サブ 花火は大切な人のこと思い出させる。
カナ うん。
サブ あの人も、俺と一緒に見上げた日、思い出す。
カナ あの人。
玄 サブ、女のために花火習うつもりか。
サブ いぇぇぇ。うちの牛がね。
玄 牛が花火見たがるのか?
サブ いや、親父の牛もだめだから、花火ならできるかなって、
玄 花火はな、一つ間違えば怪我をする。体がふっ飛ぶ。甘く見るな。
八重 昭ちゃんもろくに寝てないんだから気をつけてね。
昭吉 ああ。
八重 お腹がすいたら食べて。
昭吉 あ?
八重 心配だなあ。
カナ いいなあ。おばさんたち。ねえ京ちゃん。
京子 毎晩、遅く帰ってくる父ちゃん待ってご飯出してるの。
カナ 京ちゃんは。
京子 寝てる。でね朝も早く起きて弁当まで作ってあげてるの。
カナ うわあ。よっちゃん、あたし、頑張るから。
玄 八重ちゃん、この間まで本土の病院に入ってたんだから。無理しちゃ駄
目だよ。
八重 すごく良い薬貰っているから大丈夫です。
玄 時々、咳が止まらないっていうじゃないか。
八重 吸引すればぴたって。
玄 早く寝なきゃいけないよ。
八重 昭ちゃんと夕飯一緒に食べたいから、待ってます。
カナ うわあ。
玄 昭ちゃん、いい加減に花火やめて八重ちゃん楽にしようっておもわねえ
のか。
八重 昭ちゃんから花火をとることは出来ません。
カナ あちい。
サブ 一緒になった時は、今より百倍すごかったんだって。
八重 え。
サブ 昭さん、花火ほったらかして、うちへ帰ったって、玄さん、怒ってね。
カナ そうなの。
サブ 玄さんも八重さんにほれていただから、そりゃかわいそうだよ。
玄 サブ!
サブ プロポーズまでしたんだって。
カナ うわあ、どうしよう。
玄 おい……
サブ 昭吉に先をこされたって毎晩泣いてるんだよ。
カナ 泣いてるの。
八重 玄さんは幼なじみの玉ちゃんと一緒になったから、
サブ 玄さん曰く、あんなのは化けもんだ。人間じゃねえ。八重ちゃんの花嫁
姿、島一番だった、
カナ あららら。
玄 おい。
サブ 花嫁衣装自分で縫ったんだって。金の糸で牡丹の花をかいた花嫁衣装
を。
八重 もう22年も前よ。
カナ とってあるんですか。
八重 ええ。
サブ 見せて下さい。
八重 だって。
カナ 自分で縫ったんですか。
八重 お金無かったから。
サブ 俺もないんです。見せて下さい。
八重 だって。
サブ 俺相談したい人がいるんです。花嫁衣装のことで。
八重 相談したい人?
京子 カナちゃん?
サブ 違う。年上の人。そしてそれもきっと今夜。
八重 今夜?
サブ ええ今夜!
カナ 私も見たい。
八重 しかたがないな。
サブ え。
八重 出してあげる。
サブ やったあ。
カナ よっちゃん、あたし頑張るから。
良夫 ……。
八重 いつか京子にと思ってとっといたの。サブちゃんやカナちゃんの参考に
なるなら、ほら。(タンスから出して広げる。)
京子 うわあ、きれい。
八重 あの時のまんまだ。ね、昭ちゃん。
カナ 着てみたいな、よっちゃんの側で。
サブ ちょっと当ててみて下さいよ。
八重 うん。
サブ こりゃあ、きれいだ……。
昭吉 うん。
八重 昭ちゃん、大事にしていて良かったね。
昭吉 うん。
サブ 昭さんは、なんて言って、八重さんに結婚申し込んだんですか。
八重 だって。
サブ 俺、今夜、言いたいんです。
カナ あたしもいつか。
八重 参考にならないと思う。
サブ だからなんて。
八重 一緒に
二人 はい。
八重 線香花火上げよう。
サブ ……。線香花火ってあげるんですか。
八重 うん。
サブ で、八重さんなんて。
八重 毎とし、腕くんで上げようって。
カナ うおぉぉぉ。
京子 そうなんだ。
サブ かなわないっすね。玄さん。
玄 全くな。
サブ あきらめろ。
玄 ばか。
サブ 八重さん、去年の事故の時、玄さん気を失う前に玉さんの名前よばねえ
で、八重ちゃん、八重ちゃんって泣いてたんですよ。
玄 話作るな。
サブ 手から血がどっと出てるのに、「続けろ、間を空けるな。俺たちゃ花火
屋だ。」
八重 それで。
サブ 昭さんが、「わかった」って打ち上げを続けて。玄さん、それ見てその
まま気を失いました。
八重 だから事故があったの誰も気がつかなかったんだ。
サブ 男です。二人とも。
良夫 父ちゃんは花火続けたかっただけなんだろ。手当が遅れて玄さんの腕ま
で動かなくなったんしょ。何が男だよ。けが人見捨てて。家族見捨てて
何が男だよ。花火教室だなんて分校回って話して、父ちゃんはね、よそ
の子供の面倒は見るけれど、うちの子供の事は何も知らないんだ。京子
が肺炎になったときも居なかった。運動会のことだって知らない。
昭吉 知っているよ。
良夫 朝、合図の花火上げて帰ったじゃないか。
昭吉 あの日は竹島で仕事が、
良夫 俺みんなに殴られんたんだよ。
カナ よっちゃん……。
良夫 ゼッケンつけてってたのんだのに、つけてなくて。したら負けたのはお
めえのせいだって。そんなのないよ。でも。ゼッケンつけててくれれば
殴られることなんか。痣だらけになって帰ったの父ちゃんは知らない。
京子 兄ちゃん言うなっていったじゃない。
良夫 母ちゃんが入院してるのに運動会のお弁当も作ってくれない、見に来て
もくれない、ゼッケンもつけてくれない。そんな奴に知られたくなかっ
たんだよ。
八重 母ちゃん、
良夫 母ちゃんに甘えるなって言っておいて、自分は何にもしない。母ちゃ
ん、母ちゃんだってこんなひもみたいな男についていれば、いつ捨てら
れっかわかんねえぞ。
八重 良夫。
良夫 二尺玉って言ったってよそじゃ、三尺玉だって、四尺玉だってあがって
るっていうじゃないか。
八重 昭ちゃんの心をこめた二尺玉だよ。
良夫 父ちゃんに心なんかないよ。ちんけなもん作って、島ん中で威張ってる
だけだ。
八重 馬鹿。(叩く)母ちゃんは、母ちゃんは昭ちゃんの花火が好きなの。
良夫 俺は、花火なんて大っ嫌いだ。(退場)
八重 良夫。
京子 兄ちゃん……。
カナ よっちゃん。(追って、退場)
八重 ごめんなさい。みなさんの晴れ舞台の日にこんな事で。
昭吉 ……。
八重 あの子は帰ってきます。船着き場にいかなくともきっとどっかで昭ちゃ
んの花火を見上げてる。初めての二尺玉、あたしが描いた尺玉、見事に
咲かせてね。
サブ あの……
昭吉 帰りの船がなくなる。時間は変えられねえ。行こう。
玄 二尺玉だ。島じゅうのどこからでもみられるさ。
昭吉 八重。
八重 はい。
昭吉 うん……。
八重 いってらっしゃあい。

出かける花火師達。見送る八重と京子。波の音。鳥の声。
美砂が昭吉達を見送る。美砂とみどりの会話の間に渡し守達、舞台を打ち上げ場に変えていく。

美砂 ……。
みどり 美砂ちゃん、花火はどうやって上がるかしってる。
美砂 手で投げる。
渡し守 大きなゴムにつけて飛ばす。
渡し守 バットで打つ。どぎゃあん。
みどり 花火でお空に何を書けるか知ってる。星の華。
美砂 星の華。
みどり きらきらしていて。
渡し守 (花火の図解が次から次へ出てくる。)これが菊の花。これが牡丹の
花。
みどり 中の色と外の色が違うのを芯入りっていうの。
渡し守 芯いり。
みどり 三重だったら八重の花。
渡し守 だからこれが八重芯の菊。これが八重芯の牡丹。
爺 あのな空のさけめもかける。さけたところから、ご先祖様もわしたちも
帰っていく。盆の花火は死んだ人が帰る灯台だ。
みんな 灯台。

渡し守達、退場。花火の打ち上げ現場。沢山の筒。大きな仕掛け花火。
サブ、あかねと登場。吉田(役場の助役)、リストと筒を照合している。

サブ 灯台です。こちらに火がつくと赤灯台、こちらが緑の灯台になるんで
す。
あかね テレビが取材に来たのはこの仕掛け花火?
サブ 違います。これです、二尺玉。
あかね うわあ。ここで火薬を爆発させて、火薬のつまった玉をうちあげるんで
しょ。破裂したりしないの。
サブ プロです。アナウンスの方こそがんばって下さい。ちゃんと言えます
か?
あかね 登り笛付き八重芯変化菊の二尺玉。
サブ すごいすよ。
あかね どんな花火。
サブ あかねさんのようにきれいな花火。
あかね え?やだあ。
サブ あはあ。だってきれいなんだもん。あかねさん。あはあ。
昭吉 サブ、何やってる。
サブ はい。
玄 あかね。
あかね 父さん、私のアナウンス恥ずかしいから絶対に聞かないでね。
玄 あ?
サブ あかねさん。
あかね はい。
サブ 終わったら船着き場にこの間の返事聞きに行きます。けれどその前に。
あかねさん靴欲しいって言ってたから、俺、お金ないし、赤が良いって
言ってたから、これ。(赤いゴム長靴をだして)
あかね え。
サブ 赤い靴。赤ね、さん。でへへ。
あかね 私……。
サブ 雪降ったら、二人でペアではいて。
あかね 私は花火屋さんと暮らせないわ。
サブ え?
あかね 花火で父さんは大怪我をしました。
サブ あれは
あかね 昭さんの方が一番そうかもしれないけれど、花火屋さんはみんな家庭を
かえりみないの。
サブ ……。
あかね この島はおしまい。サブちゃん、握手。サブちゃんの手、あたたかい。
(退場)
吉田 靴預かろうか。うわついていると、去年のような事になるからね。
サブ なんだって。
吉田 私もかけているんだからね。事故は困るんだ。
昭吉 あんたも主催者の役場の一人ならさっさと持ち場に着いたらどうだ。こ
んな所で遊んでないで、花火は大丈夫だよ。
吉田 黒玉の時だってそんな事いってましたよね。(昭吉の不可解な動きが始
まる。)かわいそうでしたよ。そりゃあんたが一番苦しんだのかもしれ
ないが、あの後
玄 あんた、そのことなら俺も一言あるぞ。
吉田 田中さん、火薬でつぶした手は大丈夫なんですか。どこでつぶしたんだ
かはしらないけど。
昭吉 花火は俺があげる。
吉田 一人じゃ不安です。
昭吉 サブが居る。
吉田 こんな若い子に。前はもっと居ましたよね。居ないんですかね。この人
の家ね牛の借金も返せてないから、
サブ てめえが、親父に牛をすすめた癖に、役場が何もしないで、
吉田 してます。それが今日の花火大会です。取材も来ている。事故でイメー
ジさげられたら、
昭吉 花火は立派に上げる、それに不安があるって言うのか。
川名 (やってきて)吉田さん。テレビ局の方が本部席に来られました。
吉田 いいですか。歌と踊りと花火の島。観光三本柱で島は生き返る。間を置
かずに、リズム良く、大きな華を咲かせて咲かせて咲かせて、空を花火
で埋めてくださいよ。
昭吉 役場が金と戸籍のこととやかく言うのはかまわねえが花火の上げ方に口
出すな。
吉田 そりゃそうですが。
昭吉 花火は咲かせては、きれいに消すもんだ。一時間を流れるようにな。
吉田 きれいに消す。は、自分まで消さないようにね。(川名と退場)
サブ 嫌な奴ですね。
昭吉 七号の菊から始める。風は海からだ。昇り道はまっすぐ上げる。
サブ へい。(活発に仕事にかかる。)
昭吉 勝負は四号の早撃ち。焼き金は。
サブ (焼き金の入った炉をあける。煙がもうもうと立ち上がる。)真っ赤に
なってます。
昭吉 一時間、客の心をつかんではなさねえ。
サブ へい。
昭吉 しんがりは念願の二尺玉だ。
玄サブ おう。

花火大会のアナウンスが島にこだまする。

あかね (声が風に乗り)おまたせいたしました。
サブ あかねさんだ。(支度をする三人)
あかね (声のみ)小島の名物。お盆の送り火に、納涼花火大会。となりの中島
・竹島からも本土からも沢山のお客様、ありがとうございます。東京に
出ていった方々お帰りなさい。東京はいかがでしたか。東京は……東京
へ出ていった田島君、戻って来てる、戻って来てるなら、教えて。
サブ え?
あかね (声のみ)あたし、あたしあかね。いるの。いないの。居るなら懐中電
灯ふって。大きく。わからない。あいたい、どうしてあたしをおいてい
っちゃったの。あ、今、振ったの田島君?ねえ、ねえ、田島君。ああ。
吉田 (声のみ)田中君。
あかね (声のみ)は。まもなくまもなく始まります。
サブ ……。
玄 あの馬鹿、何してやがる。
昭吉 玄さん。時間だ。
玄 すまねえ、行かせてくれ。
昭吉 俺たちゃ花火屋だぞ。
玄 花火屋である前に俺は父親だ。あかねの父親だぞ。
サブ 行きましょう。お父さん。
玄 お父さんと言うな。
昭吉 二人ともいい加減にしろ。
サブ だって。
昭吉 始める。
二人 へい。
昭吉 続けうちだ。
二人 へい。
昭吉 落とし火。
サブ へい。
昭吉 七号菊。(七号筒で火をつける。)
玄 いった。
昭吉 よし。
玄 いってるぞ。いい。いけ。
昭吉 すわった。

二尺玉の音。人々の歓声。ため息。

サブ やったぜ畜生。うう……。
玄 肩の張りも消え口も抜群だ、昭ちゃん、一番のできだ。
昭吉 次は早撃ちだ。

良夫がとんでくる。カナもついてくる。

良夫  父ちゃん、父ちゃん、父ちゃん。
カナ おじさん。おじさん。
昭吉 あぶねえ。馬鹿。子供が来るところじゃねえ。
良夫 かあちゃんが、かあちゃんが。発作起こしてる。
カナ はやく、はやく。
昭吉 発作。薬は。
良夫 飲んだ。でもとまらない。
昭吉 今、かあちゃんどうしてる。
良夫 京子が一人でついている。
昭吉 医者は。健司は。
良夫 たけちゃんが呼びに言ってくれた。
サブ 花火大会だ、道が混んでますよ。
昭吉 吸引は。
良夫 京子があててる。
昭吉 かあちゃんなにか言ってるか。
良夫 変な事ばかり。
昭吉 なんて。
良夫 大丈夫だから、父さんに言うなって。

アナウンスが聞こえてくる。

あかね (声のみ)さて、いよいよ次は磯の花火の8連発、島に咲く花を彩って
みました。夏は島に花が咲き乱れます。
良夫  (とっさに花火に向かう昭吉に。)うなされてるんだよ。かあちゃん。
子供達が丘に上がってくるとか。間をあけちゃ駄目とか。わかんないこ
とばっかり言ってるんだ。
カナ おじさん。
あかね (声のみ)私はこの島が大好きです。八輪の華。美しく美しくあがりま
す。夢を見ましょう。さあ、八輪の花。
昭吉 終わったら行く。
良夫 え。
昭吉 次をあげる。
良夫 父ちゃん。
昭吉 お前は、かあさんについてろ。
良夫 父ちゃん。
昭吉 母さんは大丈夫だ。
玄 昭ちゃん。
サブ 行ってあげて下さい。
昭吉 誰が花火続ける。
サブ 俺が。
昭吉 素人が手出せるもんじゃねえ。
玄 俺が。
昭吉 片腕じゃできねえ。
良夫 父ちゃん。
昭吉 間があいたら、事故があったと思われる。
玄 役場なんか気にするな。
昭吉 そんなんじゃねえ。
玄 八重ちゃん一人でほって置く気か。
昭吉 俺は花火屋だ。(筒に焼き金を入れる)花火の命は時だ。間をあけちゃ
いけねえんだ。
良夫 父ちゃん。
昭吉 終わったらすぐ行く。サブ、玉を持ってこい。
サブ へい。
良夫  父ちゃん。ばか。かあちゃんが、どうなってもいいのか。(玄に抑えら
れる。)
カナ おじさん。
玄 ここはあぶねえ。(二人を連れて行きながら振り返る。)昭ちゃん…
…。

連発の花火をあげる二人。花火の上がる音。歓声。溶暗。

あかね 来ました来ました。まずは、牡丹の花だ。ああ、次も来た。今度は……
菊だ。牡丹。田島君〜牡丹よ。ああ、今度は、きくぅ。きくぅ。あー
っ。

渡し守達、登場。美砂とみどりが話している間に舞台を転換をする。

渡守達 あーっ。あーっ。
みどり すごい。すごいね。
美砂 あーか、きいーろ、みろり。あほ。
みどり あお。
美砂 あほ。あほ。あほ。あほ。
みどり 美砂ちゃん……。
美砂 あほ。
みどり 覚えている?
美砂 うん?
みどり 花火の火を手で握ったの。
美砂 ん?
みどり 棒についてる花火はじめて持った日。
美砂 棒の花火。
みどり 火をつけて貰って、しゅうって光がではじめたら美砂ちゃんよろんこん
で、
美砂 うん、
みどり 火のところぎゅってこっちの手で掴んだの。
美砂 うわあん。
みどり 泣いたよね。
美砂 あつい、あつい。
みどり おとうさんが、ずうっと、美砂ちゃんの手をお水で流してくれたの。覚
えてる?
美砂 お父さんが、
みどり お父さんが、いたいのいたいのあっち行けっていいながら。
美砂 おおきなあつい花火、あてられたの覚えてる。
みどり 美砂ちゃん。
美砂 大きな熱い花火……。

溶暗。裸電球のともる矢島家。医者の健司、京子、良夫、八重の枕元に。
立ちつくす昭吉、玄、サブ。家の外でカナ、うずくまっている。

京子 父ちゃん。
昭吉 ……。
京子 父ちゃん。
昭吉 ……。
玄 昭ちゃん。
サブ そんな。
京子 遅いよ。父ちゃん。遅いよ。遅いよ。遅いよ。父ちゃん。遅いよ。
健司 21時2分でした。
昭吉 21時2分。
サブ そんときって
玄 二尺玉があがったときだ。八重ちゃん、聞こえたかな。
健司 強い薬を使っていましたから、八重さんも私もこんな事になるとは思っ
ていませんでした。
昭吉 思ってない……。
健司 薬の力で……。
昭吉 ……。
健司 心臓が弱くなっていたんです。
昭吉 ……。
健司 ですから発作が起きたときに耐えられなくなって。
昭吉 健司、あんた、医者になったんだろ。医者だろ。八重は大丈夫だってあ
んた言ってたじゃねえか。東京行って島帰ってきて、みんなの体、八重
の面倒見てくれるっていったのてめえじゃねえか。
玄 昭ちゃん。やめろ。健司だってやることはやってくれたんだ。そうだ
ろ、健司。
昭吉 やることやったあ。俺はやることやってきた。ならおめえは。
玄 やめろ。昭吉。八重ちゃん、ここで寝ているんだ。
昭吉 ……。う。う。
健司 僕もやるべき事はやりました。……。失礼します。
昭吉 ……。
玄 健司。
健司 ……。
玄 ご苦労だったな。
健司 (退場)
玄 昭ちゃん。
昭吉 ……。
玄 健司も二十年前は七つだった。七つの癖に、お医者さんになる、みんな
を治すって約束しやがった。健司のせいじゃねえぞ。
昭吉 ……八重。……八重。馬鹿野郎。馬鹿野郎。
京子 父ちゃん……。
玄 京子ちゃん、一人で大変だったよな。えらかったよな。
京子 父ちゃん。(絵を見せる。)
昭吉 ……。これは。
京子 母ちゃんが描いた。
昭吉 ……。
京子 母ちゃん、急に描きだした。
昭吉 いつ。
京子 三人でゆでた蛸、食べてるとき。
昭吉 夕めし食べてるとき。
京子 いつもかあちゃん食べてるとき思いつく。
昭吉 新しいやつだな。
京子 来年あげたいんだって。
玄 赤の灯台から緑の灯台までかかってる。二尺玉だな。
昭吉 ……。
玄 昇りみちの所に銀粉がつけてある。こまけえ仕事だ。
昭吉 これは。
玄 八重芯の牡丹だな。今年は菊だから来年は牡丹でやろうって事だな。
昭吉 来年は、ねえ。
玄 昭ちゃん。あの時は、八重ちゃんがあんたに言ったが、今度は俺が言う
番だ。昭ちゃんは花火で人を励まさなきゃいけねえ人だ。
昭吉 ……。
玄 見ろ、もう一枚ある。変化した後だ。芯の外側は金粉つけてきらきら光
ってやがる。
京子 前のが終わって、すぐそれにかかったの。花火遅れるよっていったの。
すぐ終わるからって、見てなさいって、かあちゃん、ばって金の粉かけ
たの……金の粉をばって……。
昭吉 せきがでたのか。
京子 とまんなくて。にいちゃんとさすったんだけれどとまんなくて。吸引持
ってきてもとまんなくて、たっちゃんがとんできてくれたんだけれどと
まんなくて、お兄ちゃんがお父ちゃん呼びにいこうとしたら、かあちゃ
ん大丈夫だから、昭ちゃん、今日は大事な日だからって、呼びにいかな
いでって、かあちゃん大丈夫だからって……ううう。
昭吉 ……。
良夫 かあちゃん返せよ。
昭吉 ……。
良夫 父ちゃんが殺したんだよ。
昭吉 ……。
良夫 母ちゃんに無理ばっかさせて。
昭吉 ……。
良夫 俺のことも京子のことも母ちゃんのこともなんにも見ねえで。
昭吉 ……。
良夫 殺した、殺した、母ちゃん殺した。殺した。
京子 兄ちゃん。
良夫 出てやる。ここを出てやる。中学出たら島を出てやる。
京子 兄ちゃん。
良夫 二度と帰って来るもんか。そいつの側にいたくねえ。
京子 やだにいちゃん。
良夫 京子もいっしょに行くんだ。
京子 いやだ、父ちゃんひとりになっちゃう。いやだ。
良夫 こいつがまいた種だ。かあちゃん、父ちゃんにつきあっていたから、体
弱いのに、無理していたから。こいつが殺したんだ。
京子 やめて、兄ちゃん。
良夫 お前の顔なんか見たくねえ。(飛び出す。)
京子 兄ちゃん。(追いかける)
サブ よっちゃん、靴。京子ちゃんも靴。(靴を持って追いかける。カナも続
く。)
玄 昭ちゃん。……。(出ていく。)

一人残った昭吉。八重の側に座り込む。

昭吉  ……八重……。線香花火あげねえか。……。(絵をふせると裏に歌詞が
書いてある。よむ。)
ひかり、かがやく、とき。わずかな、とき
はかなく消えた……やみに
あかい……ひかり……
う……。

昭吉と八重を残し暗くなっていく。音楽が引き取る。美砂、一人浮かび消える。波の音。ウミネコの鳴く声。

渡し守 それから昭吉は花火をあげなくなった。

嵐の音。春の鳥の声。蝉が戻ってくる。昭吉、酒瓶を手に体調最悪。

昭吉 うう。
京子 (やっと探しあてて。)父ちゃん、お芋ゆだった。
昭吉 一人で食え。
京子 食べて。徳さんがせっかくくれたのお芋。
昭吉 (払う)……。
京子 父ちゃん。
昭吉 ……。
京子 今年は花火あげるんだよね。京子、花火の絵書いた。虹の花火。
昭吉 ……。
京子 赤はストロンチウム使うの。緑はバリウム使うの。
昭吉 ……。
京子 父さんの花火だいすき……。
昭吉 ……。
京子 お兄ちゃん、帰ってこないね。どこも泊めてくれないのに。
昭吉 ほっとけ、あいつの事なんか。
京子 役場の人が怒ってた。
昭吉 ……。
京子 踊りに入れろって暴れたんだって。
昭吉 踊り?
京子 兄ちゃんが悪い。
昭吉 役場があいつを追い出したのか。
京子 うん。
昭吉 役場のやろうども……(歩きだす。)……。

稽古場。篝火がたかれ、幟が立っている。

カナ 遅れないでよ。早くして。いい、花火がないから、今年は踊りだけが頼
りなの。
踊り手 花火なんていらねえよ。
踊り手 カナさんの踊りがあれば大丈夫。
踊り手 デビューできるよ。
踊り手 太鼓と潮踊りで、客集まるよ。
踊り手 良夫君もいればすごかったのにね。
踊り手 おい。
カナ やろう。

激しい太鼓と激しい踊り。人影にぎょっとする。

昭吉 お前ら……。
カナ おじさん。
踊り手 なんだよ、酔っぱらい花火屋さん。
踊り手 花火あげねえ花火屋さん。
昭吉 良夫、何故ここにいねえ。
カナ おじさん。
踊り手 聞きたくねえな。
踊り手 顔も見たくねえ。
昭吉 おまえらか、運動会で
踊り手 あいつ、わけもねえのに暴れて、みろよ、カナちゃんに大怪我させて。
カナ 違うのあれは、
踊り手 去年だってテレビ取材駄目にしたのあいつだよ。
昭吉 あ……。
踊り手 あいつを取ってるカメラ、たたき落としたんだ。
カナ だってよっちゃん泣いてるところを、
踊り手 それからずっとあれっぱなし。めちゃくちゃだよ。かばうなよ、カナ。
踊り手 もうあいつの居場所はここにありません。
踊り手 酔っぱらいさん。引っ込んでてね。じゃましないで。そらどけよ。(突
き飛ばす。)
カナ やめてよ。(カナ、陰に昭吉を連れて行く。)
踊り手 もう一度やるぞ。
踊り手 おう。

ガラスの割れる音。良夫、出てくる。昭吉には気がつかない。

良夫 なにやってるんだよ。おどらねえのか。やれよ。島を観光でもり立てる
んだろ。
踊り手 また酒飲んでるんだ。
踊り手 シンナーだよ。
良夫 (幟を見て)歌と踊りと夢の島。花火が抜けてら。あはははは。

人々の声。島の人たち駆け込んでくる。

島の人 居たわよ。
島の人 つかまえろ。(良夫を取り押さえる。)
吉田 この野郎。こんな所に逃げ込みやがって。
川名 もう逃がさないからね。
良夫 なんだよ。
昭吉 ……。
吉田 (昭吉を見つけ引っ張り出す。)矢島さん、今度という今度は、許せま
せんね。
昭吉 良夫が何を……。
吉田 水神様の太鼓置き場に火をかけて燃やしました。
踊り手 水神様の太鼓置き場って、たけんちの裏じゃねえか。
踊り手 行こう。
踊り手 ああ。(数名、退場)
良夫 火をかけたんじゃねえよ。
吉田 建物に煙草を投げつけりゃ火事になるってわかっててやったんだろう
が。
川名 あんたがあそこで煙草吸ってるのみんな知ってるの。毎日毎日中学も行
かないで。前から危ないって思っていたわ、吸い殻山になっていたも
の。
良夫 本土から船に乗って遊びに来た連中のじゃねえかな……
川名 とぼける気。
サブ (登場)火は全部消えました。もう大丈夫です。太鼓はこっちに来てい
たんで、濡れたのは俺の靴だけです、あははは。
健司 怪我人も誰もいないようです。けれど、良夫君大変なことしちゃった
ね。
サブ よっちゃん。いい加減にしろよ。母さんに悪いって思わないか。
良夫 俺がやったんじゃねえ。なんだよ何だよ。何でもかんでも俺のせいにし
やがって。おれが何しようと
サブ 危なく火薬庫に火が回るとこだったんだ。
昭吉 水神様の裏の火薬庫か。
吉田 あんたあそこにまだ火薬置いてあるのか?
川名 冗談じゃない。どのくらい。
昭吉 一年分……。
川名 もし火がついていたら、
昭吉 島の家は……
川名 吹き飛ぶの。
昭吉 ……。
川名 あんたほんとに非常識ね。人が暮らしている家の側に火薬をおいておく
なんて、言っちゃ悪いけれど人間じゃないですよ。非常識です。非常
識。
人々 花火屋って非常識だよね。
人々 川の中で花火爆発させて、浮いた魚とってる奴が居るんだって。
人々 密漁。
人々 火薬でさ。
人々 アル中が火薬持ってるの、冗談じゃないよ。
吉田 あんた、黒玉のことで火薬が人にどんな事をするか充分にわかっていた
んじゃないのかね。
昭吉 ……(始まる不可解な動き)
玄 助役さん、あの事はもうけりがついた事じゃないか。もとはと言えば役
場が、
吉田 結局はこの人がやったことじゃないのかい。この人が一番罰を受けたが
ね。水神様の裏の火薬は何とかしてもらいましょう。アルコールで管理
も出来なくなったんじゃしょうがないでしょ。あんたもあんただが息子
も息子だ。息子のやったことはあんたの責任だよ。わかってんのかい。
その子が毎日何しているのか。酒・シンナー・バイク、網は切る。船に
は穴を開ける。役場のガラスは割る。
昭吉 そんなに……。(昭吉の目を避ける良夫。)
吉田 あんたのような親じゃ息子の責任はとれないね。
川名 あんたの奥さんだってあんたに殺されたようなものだったものね。
人々 小さな娘さん、妹さんも、先月倒れたんだって。
人々 自分が働かないで、小さい子に何でもやらせるんだもの。
人々 親って自覚ないんだよね。
吉田 この子あずかりますよ。
良夫 どこへ行くんだよ。
男達 警察だ。本土に連れて行く。少年刑務所に二、三年入るのは間違いがな
い。
健司 そんなことをしなくても、今回は私が良く言い聞かせます。
吉田 親が悪けりゃどうにもならん。さっさと連れて行け。
昭吉 あの、あの、
吉田 じゃまするな。
昭吉 そ、そ、そ、その煙草は俺んです。
吉田 あ。
昭吉 酔ってて忘れていましたが、わたくしがたしか火つけたままあそこに煙
草投げちまったんです。それが物置に移ったんです。
吉田 あんたの煙草?
昭吉 酒で頭がぼけちまってたんです。すみませんでした。(土下座)この通
りです。
京子 お父ちゃん……(寄ってきた京子も土下座させる昭吉)
昭吉 明日、本土の警察でもどこでも行きますから、よ、良夫は今夜はこれ
で。
健司 おじさん。
吉田 ……。行きましょう。(島の人たち、退場)
サブ 火の始末してきます。(退場)
健司 僕も行きます。
玄 花火屋は煙草なんか吸うもんじゃねえって、てめえで言ってた癖に。
(三人を残して全員、退場)
昭吉 ……。よしお……。
良夫 ……それで気分がいいのかよ。花火ばっかり見つめて、妻を困らせて殺
して、あげくのはてに花火があげられなくなった。花火大会は島から消
えた。帰れ。そんな情けねえ親父、もう顔も見たくねえ。
昭吉 ……。
京子 ……。
良夫 (京子に)おめえも行け。元気でな。行け。

二人、退場。カナも退場。良夫、一人になる。苦しむ動きが踊になる。一人で踊る。
波の音。ウミネコの声。船の音。都会の人々が良夫を飲み込んでいく。溶暗。
都会の音の中にきりきりと脳を切り刻む音。昭吉、一人苦しんでいる。
花火の中途半端な鈍い音。飛び出してくる美砂と渡し守達。

美砂 ……。
渡し守 落ちてこない。
渡し守 お空ではじけたんだ。
渡し守 音だけの花火なんだ。
渡し守 お空真っ暗なままだ。へんなの。
美砂 ……。
渡し守 見に行きたいな。
渡し守 遠いよ。
渡し守 美砂ちゃん。せなか。(美砂をおぶる。)
渡し守 けんちゃん。
渡し守 おんぶだ。
渡し守 いいな、いいな。けんちゃんにおんぶ。
渡し守 おんぶされたら、その人のお嫁さんになるんだよ。
渡し守 いいな。いいな。お嫁さん。
渡し守 どこ行くの。どこ行くの。
渡し守 けんちゃん早いよ。
渡し守 まって。
渡し守 そっち危ないよ。まって。
昭吉 行くなあ!
渡し守 (突然引き裂くような音と、人々を射ぬく光。)ああ!
渡し守 (吹き飛んだ美砂を背中からつかまえて。)父さんをみるんだ。

激しい波風の音。狂ったように土を掘り起こしている昭吉。

昭吉 ああ、ああああ。あああ。

家の中から見つめている京子。12年後。

京子 とうさん。とうさん。
昭吉 あ。
京子 大丈夫?
昭吉 なんでもない。(家の中に戻る。)
京子 なんなの、夏が来ると、いつもいつも。
昭吉 聞くな。
京子 私、明日、やっぱり行かない。
昭吉 何言ってる。
京子 こんな父さん残して行けるわけがない。
昭吉 女の命には打ち上げ時ってのがあるんだ。お前は明日が打ち上げ時だ。
かあさんだってきっとそう言う。
京子 黒玉。黒玉の事って何。その言葉聞くたびに父さん気が狂ったようにな
る。京子、もう大人だよ。二十二だよ。父さん話して。話さなきゃ駄
目。今夜話してくれないなら、ここを出られない。
昭吉 ……。おめえたちの姉さん、美砂はな病気で死んだんじゃない。
京子 え?
昭吉 俺は師匠から独立して玄さんと島に来た。あれはおれが仕切った初めて
の花火大会だった。あのころまだ七つだった健司が面倒見よくてな美砂
をよく背中におぶってくれていた。
京子 診療所の健司さん。
昭吉 俺は黒玉を出しちまった。不発弾だ。
京子 ……。
昭吉 島は活気があった。飛行場をつくるんだ。飛行場を誘致するんだって、
役人が視察に来ることになった。偉い人がいっぱい来るから景気づけ
に、大きい玉をじゃんじゃんあげろって、役場が腕も未熟な俺にこなせ
ないほどの計画を持ってきた。必死で作った。役場はいそげいそげっ
て。その日一番の尺玉がお天道様にあてるのが天日干しがたりなかった
のか上がっても破裂しねえ。せかされた俺は、全ての筒をよく見ていな
かった。傾いていて、黒玉が斜めに飛んで丘の上に落ちた。子供達おか
しいなと思って見に行ったんだってよ。そしたら、黒玉がいきなり破裂
しやがった。
京子 姉さんは……。
昭吉 ……。その頃島には医者もいなかったからな。ろくな手当もできなく
て、小さかった美砂だけが……。
京子 母さんはなんて。
昭吉 俺は、もう花火が上げられなくなった。せっちゃんが来てくれても、ご
まかすだけで。けれど八重の奴が毎日毎日、「昭ちゃんは花火でしか人
を励ませない人なんだよ」って言いやがって、盆になると「迎え火あげ
よう、送り火あげよう」ってつつきやがって。
京子 母さんてそういう人だった。
昭吉 夫婦っていいもんだ。
京子 ……。(いきなり隣の部屋に入ってしまう。以下、障子越しの会話。)
黒玉のこと、……兄ちゃんに手紙書いていい?
昭吉 宛先もわからない。
京子 いつか届くよ。兄ちゃん、きっと知りたがると思う。
昭吉 どこで何して居るんだか。
京子 大阪の方で見たって人が居るんでしょ。
昭吉 サブが調べてくれてる。
京子 見つかるまであたし残ろうか。
昭吉 おまえはさっさと行け。
京子 きょうの花火大会に兄ちゃん帰って来ると思ったけれどな。
昭吉 先細りの花火大会に来てもな。
京子 そんな事ない。かあさんが喜びそうな花火大会だった。
昭吉 そうかな。
京子 孝志さんが、泳ぐような星を入れたらどうかなって言ってた。
昭吉 あいつの言うことは聞きたくねえ。
京子 孝志さん父さんの事尊敬しているんだよ。
昭吉 なんて。
京子 年の割に、がんばってる。
昭吉 としぃ、あつ。
京子 どうしたの。
昭吉 こしぃ。つ。
京子 あたしが居なければなんにも出来ない癖に。
昭吉 うるせえ。

サブ、登場。

サブ (登場)今晩は。
昭吉 おお、まずあがってあがって。どうだった。
サブ やっぱり駄目でした。大阪の工事現場にいたって言うのは随分前みたい
で。
昭吉 そうか、すまなかったな。ま、11年も行方がわからねえんだ。仕方が
ねえ。
サブ カナちゃんも
昭吉 カナ?
サブ 東京行ってるんですけど探してくれるって。
昭吉 ああ。
玄 (登場)昭吉。
昭吉 おお玄さん。まずあがってあがって。
玄 やっぱりやめて貰え。
昭吉 何言ってるんだ。
玄 東京なんかやるもんじゃねえ。この家から娘がいなくなるって考えて見
ろ。俺んちはかかあと二人きりだ。このサブだって夢よりも食い物だっ
て花火をやめて出ていきやがったし。いいのか、おまえ。言ったろ、こ
こまでやってこれたのは京子が手伝ってくれたおかげだ。京子は筋が良
い。絵が描ける、八重みたいに。感謝してるって。
昭吉 感謝してもしつくせねえ。9つの時から俺の飯まで作ってくれた。だか
玄 ら、島で。この島で。東京なんかやらねえで。あしたの事は先方にお願
いして今からでもやめさせて貰って……
京子 (障子越しに)何度もそう思いました。
玄 え?

障子があく。花嫁姿の京子。

昭吉 ……。
玄 ……。
サブ ……。
京子 何度もそう思いました。でも玄さん、私は島を離れます。父さんがそう
しろって言うの。相手が居るんだから向こうに行けって。
玄 だって東京なんか行ったら…
京子 お前は俺だけのために生きちゃいけない。
玄 あのな……。
京子 お前は八重じゃないって。
玄 ……。
京子 (座して)父のことこれからもよろしくお願いします。
玄 お前は八重じゃない……。
京子 お父さん、明日から一緒にいられなくなるけれど、ご飯作ってあげられ
なくなるけれど、ちゃんと食べるんだよ。残してはいけない。自分で作
るんだよ。玄さんの奥さんが時々おかず持ってきてくれるっていってた
から。三郎さんのおかあさんが時々掃除にきてくれるっていってたか
ら。せんたくものはためちゃだめだよ。
昭吉 馬鹿な事いってるんじゃねえ。
京子 お風呂も自分でたくんだよ。
昭吉 なに子供に口きくみたいなこと言ってるんだ。
京子 だって、父さん子供だもん。
昭吉 何!
京子 父さんの事心配なんだから。とってもとっても心配なんだから。明日か
ら一人でぼーっと何も出来なくなっちゃうんじゃないかって心配なんだ
から。
昭吉 ふざけるな。
京子 父さん一人で良いの。
昭吉 当たり前だ。
京子 母さんもいなくなって、兄ちゃんも居なくて、あたしも居ないんだよ。
父ちゃんに何にも残らないじゃない。
昭吉 ある。
京子 何が。
昭吉 花火。
京子 父ちゃん。
昭吉 ……。
玄 ……。
京子 じゃ、最後のお願い。
昭吉 ……。
京子 線香花火。
昭吉 え。
京子 線香花火、一緒にやるの。おかあさんが、一番好きだったのは早撃ちで
も仕掛けでも二尺玉でもない。
昭吉 だって。
京子 好きだったのはみんなでやる線香花火。
玄 サブ。
サブ へい。(かけ去る)
玄 八重ちゃんの十三回忌、ちゃんと出来たな。明日は婚礼だからやりたく
ねえっなんて言いやがって。娘の方が一枚上だ。

サブ、戻ってきて花火を昭吉に渡し点火する。

京子 ついた。はじまる、ほら。
昭吉 ……。
京子 きれいだね父さん。
昭吉 ああ。
京子 とうさん、腕くんで。
昭吉 馬鹿、よごれるぞ。
京子 いいから。いいから。
昭吉 汚れるって。
京子 いいから。(腕をくんで線香花火を見つめる。)
昭吉 ……。
京子 姉ちゃん、かわいかった?
昭吉 かわいかった。
京子 かあさんみたいに。
昭吉 ……(京子を抱き寄せ)
京子 かあさんの歌、覚えてる?
昭吉 ああ。

音楽が受け取る。線香花火が消え、京子が消えていく。へたり込む昭吉。
美砂、父を見つめている。渡し守達、登場。

みどり いいもんて、なにかな。
渡し守 笑顔のお母さん。
渡し守 背中で寝かせてくれるお父さん。
渡し守 歌うたってくれるお母さん。
渡し守 おっぱい吸って寝ちゃう赤ちゃん。
渡し守 お話ししてくれるお母さん。
美砂 花火してくれるお父さん。
みどり 花火してくれるお父さん?
美砂 うん。
みどり もう行こうか。
美砂 どうして。
渡し守 四日前に来たばっかりだよ。
みどり 四日だけ来て良いんだよ。
渡し守 四日だけ。あんなに喜んでお迎えしてくれたよ。
渡し守 提灯つけて明るくしてくれたのに。
渡し守 輪になって踊ってくれたのに。
渡し守 キュウリのお馬にのった。
渡し守 ナスのお船にのった。
美砂 とうちゃん、もうこっちにいるの?
みどり まだ、こっちにはいないよ。
美砂 ずっと向こうにいるの。
みどり もう、向こうにはいられないんだよ。
美砂 会わせてあげたい。
みどり え?
美砂 良夫に。
みどり 良夫君はまだ生きてるんだ。お父さんと生きてる人とはもう会えないん
だよ。
美砂 あえないの。
みどり もう、会えないの。良夫君とはもう会えない。
美砂 (すがる。)今のうちに良夫と。
渡守達 ……。
みどり 良夫君の気持ちだけでいいの。
美砂 うん。
みどり 私なら出来る。気持ちだけなら。10、9、

みどり、魂引き寄せの踊り。渡し守達も。

みんな 8、7、654321♪はい、はい。

良夫の魂、昔と同じ姿であらわれる。

昭吉 ……良夫。
良夫 変わってないな、父さん。
昭吉 おまえも変わってないよ。元気か。
良夫 うん。そのうち島に戻って来たいと思ってる。
昭吉 そうか。良かった。なんか今日は不思議だな。頭の中でいろいろな事が
起きる。
良夫 俺、踊りもう一度始めようと思う。
昭吉 踊り。
良夫 テレビにはでられないだろうけど。
昭吉 好きだったんだよな。
良夫 父さん、やりたいこと、やれたかい。
昭吉 ああ俺か。花火大会43年間まっとうしたぞ。
良夫 続けてきたんだね。
昭吉 花火屋はいい。普通の製造業はな、作ったものを人に渡しておしまい。
花火屋はな、自分で作ったものを消えるまで面倒見るんだ。最高だ。
良夫 今日は花火大会だね。京子も手伝っているんだって。
昭吉 昔と変わらないぞ、お盆の送り火は花火大会だ。
良夫 父さんは自分の消えるのも面倒見てるのかい。
昭吉 あ?ああ、そうか自分で送り火炊いちまってるな。
良夫 もっと生きてて欲しかったな。親孝行したかったな。
昭吉 その言葉がきけて、満足だ。はは、こりゃ、脳溢血っていうのかい。な
んか、こうすかっとして。(良夫の足下に倒れる)
良夫 とうさん。とうさあん!

ウミネコがいっせいに飛び立つ。消える良夫。激しい啼き声。波の音。花火の音。音楽、灯籠の光、何もかもが流れ込む。不思議な音。

美砂 とうちゃん。
昭吉 おまえ……美砂……か?
美砂 とうちゃん。(飛び込む)とうちゃん、とうちゃん、とうちゃん。
昭吉 おまえ生きてたのか。
美砂 うん。こっちで、ずっと。
昭吉 こっちで?
八重 (登場)昭ちゃん。
昭吉 八重。
八重 またずっと一緒だよ。
昭吉 え。
八重 またラブラブでいけるよ。
昭吉 ああ……
八重 しっかりしてよ。ほら見てごらん。今日の大会の最後の花火があがる
よ。親子花火、素敵だね。
昭吉 京子が一緒に上げてくれるなんて思っても居なかった。
八重 東京行って花火屋さんになるなんてね。
昭吉 俺の子だもの。いいか最後の花火は京子がつくった二尺玉だぞ。
八重 二尺玉か。
昭吉 良夫にも見せてやりたかったな。
八重 狭い日本だもの。どっからでも二尺玉見られる。どっかで良夫、見上げ
てるよ。
昭吉 ああ。
美砂 あ。
昭吉 見ろ京子の昇りみちつき八重芯変化の二尺玉、牡丹の華だ。
みんな うわあ。

死んだ人々一つの輪になって、夜空に、昇り道があがり消え、
内側の牡丹から次々と輝いては消える満天の華。
地には潮踊りを踊る人影が。灯籠も花火になって。



土田峰人の作品掲載戯曲集


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