響き    作・土田峰人
 
千葉県立船橋旭高等学校 演劇部

平成13年度秋季冬季上演台本

第九稿 Ver9.0   2002/ よいお芝居作るための たたき台です。

第1景 六年生を送る会

  音楽の吉井先生が上手の花道でオルガンを弾いている。楽しく終わる。
  拍手、歓声。下手の花道に、佐藤先生、登場。

1 佐藤 はい、五年生のみんなありがとう。六年生を送る会もいよいよおわ
     りだね。
2 吉井 伊藤君、泣きそうだね。いい一日だった?
3 佐藤 最後は児童会長をやってくれた、泉にしきさんです。題は私の家
     族。
4 にしき はい。

にしきが客席から立ち上がり上手から壇上にあがる。階段でつまずく。
客席が少しずつ暗くなっていく。

5 にしき あ、あ、あ、きょうはありがとう。ああああああたしは、児童会長
      の泉にしきです。(息が荒い。客席はすっかり暗くなってきてい
      る。)わたしの家族の話を聞いてください。うちは去年の四月にこ
      こに引っ越してきました。お兄ちゃんは、あすなろ学園の小学一
      年、あう、中学一年生に、おねえちゃんは、豊田中学校の二年生
      に、あ、三年生にはいりました。去年の六月、私とおねえちゃんは
      おかあちゃんに、

下手の花道に母、登場。

6 華子 そんなかっこしてないで、早くして。
7 にしき て、いわれて(なんとなく普段着に着替え始める。)初めてお兄ち
       ゃんのあすなろ学園に行きました。
8 華子 どうして昨日ころんだの、きく。

下手花道に中学校の制服姿で学生鞄を持ったきく、登場。腕に包帯を巻いている。
緞帳があき、過去の世界がよみがえってくる。

9 きく 学校の廊下滑るから。
10 華子 見せて。
11 きく 大丈夫だって、(緞帳の中を指さして)あれ、りゅうだよね。
12 にしき 私たちはそこで、おにいちゃんが女の子をくどいているのを、初め
  て見ました。

第2景 あすなろ学園の前庭

緞帳の中は明るい夏。りゅうが、かなにアタックしている。母と姉妹は身を潜める。
蝉が鳴いている。奥にアーチがあり、所々にバラや花の絵がまるで花火のように描かれている。
掲示板には花火大会と太鼓コンサートのポスター。字を教えるための文字盤。
一文字づつ、ナ、カ、ヨ、シ、とある。書きかけのポスター、と太文字が書ける筆記具。
縫いかけの衣装の山がみえる。楽器が並んでいる。

13 りゅう (持っている鐘をかちかちとならす。)あのねこのおとはがんばれ
     がんばれっていってるんだ。ぼくはたいこたたけない。かなちゃん
     もたたけない。だからいっしょにふたりで
14 かな ……。(持っている人形を投げつける)
15 りゅう あう。(頭に当たってぶっ倒れる。)
16 にしき こうしてお兄ちゃんの初恋はおわったのです。
17 りゅう ううう。(にしきを髪の毛で引きずりまわす。)
18 にしき いたあい。

きく、かなと目が合う。かな、隅っこに逃げる。泉大輪、上手奥より太鼓をかついで登場。

19 大輪 きく、やっとついたのか。
20 きく とうちゃん。どうしてりゅうの学校ににきているの。
21 大輪 (太鼓を据えながら)頼まれたのかあちゃんに。はい、これが最後
      の太鼓だよ。
22 華子 飲んでるの。
23 大輪 なんも。ぼうふらが川ん中泳いでいたから
24 華子 (怒って)ぼうふら……

25 にしき (観客に)父ちゃんはたまに帰ってきても、昼間っからお酒ばっか
り飲んでかあちゃんに怒られていました。

めのこ、いきおいよく入ってくるが、家族を見てとまる。かつお、会長、続く。

26 めのこ たいこ、たいこ……。
27 かつお おおおお、ぉぉぉ。
28 会長 先生、早く早く。たいこのおば……

かつおは、二人の姉妹に興味を持って近づいていく。会長とめのこは距離を置く。

29 かつお おおおお。
30 きく あの……。

下手奥より、小谷先生、真弓先生、おそろいの服を着ている。
保護者たちわいわいと登場。もも、ゆっくりと登場。

31 小谷 はい。おかあさんがた、こちらです。
32 親たち 本物の太鼓、すごいわね。
33 小谷 どうもありがとうございます。これが花火の模型ですね。
34 大輪 ええ。
35 小谷 子供達に見て貰いたかったものですから。
36 真弓 さ、始めましょうか。
37 小谷 はい、みんなならんで。今日はね。りゅう君のおとうさんが太鼓と
花火の模型を持ってきてくれました。
38 真弓 並んで。はい。気をつけ。ありがとうございました。
39 親たち ありがとうございました。
40 かつお ありあとおした。
41 真弓 りゅう君のお姉さん。妹さん。
42 姉妹 はい。
43 真弓 今日は一緒に太鼓を教えてくれるのね。
44 姉妹 は……い。

子供達の注目が二人に集まる。とけ込みにくそうな二人。

45 真弓 遠慮しないで思いっきりぶつかってね。
46 きく よ、よ、ろしくぉねがいします……。
47 子供達 ……。
48 華子 さ、太鼓並べて。今日は姉ちゃんの方は怪我していて太鼓出来ない
     けれど、ほんとは上手だからどんどん聞いてね。

太鼓が並んでいくのを喜んで見ている子供達。りゅうの太鼓も配られるが、
りゅう、逃げる。大輪、じっと子供達を見つめているが、一口ウィスキーの小瓶を口にする。
長胴太鼓が出てくると子供達たまらず近寄ってくる。

49 めのこ たいこだ、あは。
50 かつお ぅぉぅ。
51 会長 あははは。
52 きく これが長胴太鼓っていうんだよ。
53 めのこ ながど?
54 会長 おおきいね、おおきいね。
55 きく うん。
56 にしき 大きな音がね、あ……。(校舎の方を見て口をつぐむ。)
57 めのこ けんちゃんだ。
58 かつお けんちゃん。
59 華子 会長さん、けんちゃんやってみるんだね。
60 会長 ええでも……。

車椅子に乗ったけん、関口先生につれられてくる。
手足が緊張してうまく動けない。相撲の手ぬぐいをつけている。

61 姉妹 (どう話して良いかわからない。)……。
62 関口 ほらついたよ。
63 華子 けんちゃん、こんにちは。がんばろうね。(娘二人に)けんちゃん
は、お相撲さんのファンなの。がんばりやさんなんだよ。
64 けん ……。
65 関口 今日は太鼓やってみるって言うんですよ。
66 華子 うん、やってみよう。先生、撥持ってあげて。
67 関口 こうで良いですよね。
68 華子 はい。そしてぽん。(みんなが寄ってきているので)みんな一緒に
     やろう。撥、持ちましたか。
69 かつお おおお。
70 子供達 ふわぁ。(みんな撥は持っているが、太鼓におそるおそるこすった
      りさわったりしているだけ。)
71 華子 太鼓はここを叩くと音が鳴るんです。(太鼓をこんと一つ叩く)
72 めのこ うわぁ。
73 華子 叩いてみてください。(娘二人に)みんなの名前覚えてね。(めの
こに)めのこちゃん。
74 めのこ (叩く。)あぁぁ。
75 華子 かつお君。
76 かつお (叩く。)おおおおおお。
77 華子 生徒会長さん。
78 会長 (叩く。)あは。
79 華子 けんちゃん。
80 けん (自分では撥が握りきれない。関口が補助してことんと太鼓が鳴
      る。)
81 華子 そう、できることやればいいの。ももちゃん。
82 もも (すずをふる。)
83 真弓 ももちゃん、きょうは太鼓やろう。
84 華子 出来ることからやれば良いんだよ。いいよ。(みんなに)じゃあみ
     んな、(撥をあわせて)カンカンで入ってね。(りゅう、太鼓に近
     づく。)へなちょこ太鼓叩くと、雷様におへそとられちゃう。思い
     っきり叩くんだ。

りゅう、再び太鼓から遠いところへ逃げていく。華子の合図で、
太鼓をおそるおそるたたき始める子供達。自分たちの出す音に驚き、
はしゃぎ、夢中になっていく。華子、みんなのまわりを回りながら口と撥でリズムをとる。
きくも、教えて回る。にしきは、けんの撥をおとすだけの太鼓が気に入っている。

85 華子 たかたかたかたかたかたかたか。せえの。(太鼓が決まる。)
86 子供達 いやっほお。すごい、すごい。どーんって。あははははは。(自分
       たちが出した音にしびれたようになっている。)
87 きく ……!
88 もも母 (ぼそっと)どんときた。
89 めの子 おかあちゃん。
90 めの母 めの子。(めのこに飛びつかれる。)
91 もも母 めのこちゃん、やるじゃない。
92 めの母 こうなんかさ、なんか涙が出ちゃうね。あはははは。
93 もも母 (ももに)ももも良かったよ。おかあさん達ね、衣装がんばって縫
      うからね。
94 華子 花火大会で太鼓をやります。あと一ヶ月です。
95 かつお うおお。
96 もも (力を入れすぎてしゃべるのでききとれない。)あああうあうああ
     あ。
97 きく え……。
98 もも ああうあああ。
99 もも母 大丈夫恥ずかしくなんかないよ。
100 きく うん。
101 めのこ みんなのまえでやるの。
102 きく 花火の会場で。
103 華子 こわがってると雷様におへそとられるよ。
104 めのこ (不安そう)だってひといっぱい?
105 真弓 この間のような人たちは来ないよ。
106 華子 え?
107 真弓 あ、ちょっと、たまにへんな人が居るんですよ。それからちょっと
       みんなよその人をこわがるようになっちゃって。
108 きく 上手だったよ。
109 めのこ (にこっとして)ほんと?
110 かつお たたたいこ、よよくわかんない。いいのかな。
111 きく よかった、いまので。
112 かつお おぉ?おお!
113 きく うん。
114 会長 (きくを引っ張る。)すみません、けんちゃんも、あんなんでいい
      んですか。

115 にしき (観客に)けんちゃんは自分では、太鼓を叩けません。

116 きく うん。(子供達に囲まれて頬が赤くなってくる。みんなの視線を集
     めて再び大きく笑って)うん。
117 めのこ はあ。(うれしそうな子供達。)
118 りゅう (みんなをうらやましそうにみていたが、かなに)あの、やっぱり
     だから、あのあの、いっしょに、あの……
119 華子 (かなに)なにかやってみない。できるものをえらんでやればいい
     んだよ。ねえ、りゅう。
120 りゅう うん。おもろい。
121 真弓 先生も一緒にやる、笛やろう。五月までいた中学校でやってたんで
     しょ。聞いているよ。
122 かな ……。
123 真弓 音楽からでなおそう。元気になってほしいんだな。
124 かな ……。
125 りゅう ぼくかね。かかなちゃん、ふえ。いっしょに、やりたいら。
126 華子 りゅうは、今日は鐘をやるけれどを、ほんとは太鼓もうまいの。
     (声を弾ませて)りーっずむ。
127 りゅう たかたかたかたかすっとんとん。
128 華子 ほらね。
129 りゅう えへへ。
130 きく (後の方で囲んでいる子供達に)じゃ、あのしめ太鼓持ってきて。
131 華子 (太鼓を一つかなのそばへ運びながら、)りゅう、その太鼓持って
    きて。
132 りゅう うん、これ。(締太鼓を抱え込む。)
133 子供達 (みんなで、りゅうをかこんでばちで示す。)これ?

一瞬、日がかげり、暗くなる。りゅう、ふるえ始め、パニックにおちいる。
前に逃げ、後ろに逃げ、暴れ始める。きく、羽交い締めに捕まえる。

134 きく りゅう、やめるの。(痛みが走って、力が萎えた瞬間りゅうを手放
    す。)あぁ……

りゅう、ももに襲いかかる。

135 りゅう うわああ。あああああ。
136 もも あああああ。
137 きく (ももからりゅうを引きはがす)やめるんだよ。ほらやめよう。
     あ。(はじき飛ばされ、腕から落下する。)あぁ!
138 りゅう ああああ。(四方八方暴れる。)
139 にしき にいちゃん(ぶっ飛ばされる。)あぅ。
140 りゅう ああああ。(かなにぶつかる。華子、りゅうをつかまえぐるぐると
       まわりながらやっととめる。)
141 かな ……。
142 りゅう うう。
143 華子 りゅう。どうしたの。なんにもこわいことないよ。なんにもない
     よ。なんにも。ももちゃん、ごめんね。(集まってきた人に)も
     う、大丈夫です。
144 大輪 りゅう、大丈夫か。
145 華子 (何もしなかった父を怒鳴りつける)父ちゃんはすわってて。大丈
     夫だから。(父、りゅうの周りを離れ、ウィスキーに手を伸ばそう
     する。)
146 にしき ぅ……
147 りゅう うあう。
148 かな (先程のりゅうの鐘をならす。澄んだ音が舞台に満ちていく。)

鐘の音につられて、大輪、ウィスキーに手を伸ばすのをやめる。
にしきもきくも子供達も、引き寄せられる。

149 りゅう ん……。(音に気をとられていく。)あは。
150 華子 かなちゃんありがとう。
151 かな ……。(黙って澄んだ音を出し続けている。)
152 小谷 休憩にしましょうか。
153 真弓 そうだね。
154 小谷 みんな休憩です、お昼です、食堂から持ってきてください。
155 みんな はあい。(退場)

みんな、食堂の方へ。気持ちの処理が出来ない姉妹と父。

156 小谷 りゅう君、お昼だよ。
157 りゅう ふう。
158 小谷 冷や麦。
159 りゅう ひやむぎ
160 華子 りゅうはひやむぎ大好きなんです。
161 りゅう かなちゃんも、す…き…。かね、しゅごい。
162 華子 (かなに)ありがとう。
163 りゅう あああああ、おれいする、これ。(バッグから、いびつなまるいぬ
     いぐるみをだす。)
164 華子 あら。
165 りゅう まくら。
166 華子 りゅう、縫い物得意なの貰って。
167 りゅう よくねれます。それと。(チョコレートをかなに渡す。)
168 かな ……。
169 りゅう みんなみてるから、しましまって。
170 にしき おにいちゃん、チョコレート?
171 りゅう ばればればれんたいんだよ。
172 きく ばれんたいん?
173 華子 まだちょっと早いかな、りゅう。
174 りゅう ちょこあげると、あかちゃんううまれちゃうからね。
175 みんな え?
176 りゅう とうちゃんとかあちゃんみたいになっちゃう。
177 華子 なあに。
178 りゅう とうちゃんとかあちゃん、すごい。(バッグからもう一つ枕を出し
て。)
179 華子 りゅう。
180 りゅう とうちゃんときどきしかかえってこないけれど、かえってくると、
      (二つの枕をくっつけようとして)よなか、ふたりで。
181 大輪 おい、ばか。(とめる)
182 りゅう いっつも
183 華子 やめて、りゅう。
184 りゅう かあちゃん、とうちゃんなんていって、かあちゃんにけっこんもう
      しこんら。
185 華子 え。なに突然に。
186 りゅう おしえて。
187 にしき あたしもききたいな。
188 小谷 あの、私にも聞かせてください。あの、伺いたいです。
189 華子 だって
190 りゅう なんて。
191 大輪 一緒に線香花火上げよう。
192 みんな ……。
193 りゅう かあちゃんは。
194 華子 ええっ。
195 大輪 毎とし、腕くんで上げようって、な。
196 みんな うおぉぉぉ。
197 りゅう (父親の道具袋からなにやら取りだし)かかかなちゃん。
198 かな ……。
199 りゅう (線香花火を突き出す。)せんこうはなび。
200 かな ?
201 りゅう らいたー。
202 華子 え。
203 りゅう いっしょにあげよう。おろそう。
204 かな ……(去りかける)
205 りゅう だめなの。あ、ぁぁ、あれだれ。
206 きく (先ほどから客席の方の柵の外に目をやっていたが)!
207 りゅう ねえちゃんのともだち?おおいぼくふられました、でした。
208 きく やめて、りゅう、(奥の方にりゅうを引っ張っていく。)やめて、
     静かにしてね。
209 りゅう だってぼく、
210 きく めだっちゃだめっていってるの!こっちに来て。

この様子をじっと見ている、かな、父母妹。父、素早くウヰスキーを飲む。
真弓先生、ももの母、めのこの母、子供達、冷や麦を持ってくる。

211 子供達 冷や麦、冷や麦。
212 もも母 冷や麦です。食堂は混んでいて入れません。
213 小谷 外で本当にごめんなさい。
214 華子 本当に良いんですか。
215 真弓 太鼓の授業料ですよ。うちは私立だからお金がなくて。これで勘弁
     してください。
216 もも母 でもみかんとサクランボは入ってますよ。
217 にしき うわあ。うちにはない豪華さ。(とっさに手を伸ばす。)
218 華子 はっけようい。
219 にしき のこったあ。(サクランボの手前で止まる。)
220 華子 かわいいね。
221 大輪 さくらんぼは内側に、みかんは外側に、丸く並べるんだぞ。
222 華子 花火じゃないんだら。
223 大輪 俺は仕事を休んでここに来ているんだ。
224 華子 あのね。
225 真弓 どうぞごゆっくり。

家族と会長を残してみんな、退場。
すでににしきとりゅうが席に着き冷や麦をわけている。

226 にしき 食べますようっと。いっとにっとさんと、
227 みんな (つられて)いただきます。
228 会長 (太鼓の影からあらわれて)めしあがれ。(きくに花を手渡して、
     逃げ去る。)あはは。
229 きく ……はなもらっちゃった……。

つるつると音を立てながら、冷や麦をすする。

230 みんな おいしい。
231 にしき 夏は冷や麦だね。
232 きく ……はなもらっちゃった……。
233 りゅう やけぐいだあ。
234 華子 さくらんぼもーらい。
235 きく はなきれいだな…。たべよう。えへへへ。
236 りゅう こんなところでたべていいの。
237 大輪 ここの人がいいって言ったんだ。
238 母錦 しあわせだあ。
239 りゅう かなちゃんといっしょならもっといいのに。
240 華子 でも五人そろってるよ。
241 にしき とうちゃんと食べるの、なんかすごい久しぶりだね。
242 華子 正月以来27回目。
243 大輪 あのな夏は花火で忙し
244 にしき (かさねて)花火で忙しいんだ。知ってる知ってる。
245 大輪 明日は秋田、その次は山形。花火はな、
246 華子 はーい。少しは顔見せなさい。
247 にしき 兄ちゃんなんか父ちゃん見てもわかんなかったもんね。
248 りゅう はーい。なまえかいといといてほしいです。
249 華子 え。
250 りゅう かおに『とうちゃん』って。
251 きく りゅう、字よめるようになった?
252 りゅう んんん。
253 きく (ナカヨシの文字盤を一つ持ち上げて)これ、カ。
254 りゅう カ。
255 きく かなちゃんのカ。
256 りゅう でゅふ。
257 きく (文字盤を持ち上げて)これ、ナ。
258 りゅう カナ。でゅふふふふ。
259 きく りゅうに言いたいことは、こう。(失敗したポスターの裏にガンバ
レと書く)ガンバレ。
260 りゅう (ガを指さして)カ……
261 きく てんてんついているでしょ。だからガ。
262 りゅう カ!
263 きく ガ。
264 りゅう カ!
265 きく ガ。
266 りゅう カ!
267 きく 本当はガって読めるんでしょ。
268 華子 カ、ナ、は読めるよね。
269 りゅう でへ、それはぁ。
270 華子 りーっずむ。
271 りゅう たかたかたかたかたんたかたん。
272 華子 かわいいなあもう。りゅうは字なんか読めなくてもいいよ。
273 りゅう いいの?
274 華子 でも太鼓叩こう。
275 りゅう ううう。
276 きく じゃ太鼓やれば。
277 りゅう うおう。(ものを投げつける。)
278 きく なにすんの。(すぐ取っ組み合い。)
279 にしき (思わず踊って)太鼓を叩け、太鼓を叩け。
280 華子 はっけようい。
281 にしき のこったあ。
282 華子 太鼓大会にでないって、にしきはどういう事。
283 にしき え?
284 華子 みんなにあって、やる気になった?
285 にしき だって学校から行ったらおくれちゃうし。
286 華子 小学校は大丈夫でしょ。ねえちゃんは遅れるけれど
287 にしき とにかくいやでーす。
288 華子 どうして。
289 にしき だって伊藤君に知られたら、あうっ。
290 華子 なあに?
291 にしき だってここのみんなだっていやそうだったしぃ。
292 華子 そんなことない。
293 にしき あの子たち、たいこなんかちゃんとできないと思うしぃ。
294 華子 ちゃんとできるってなに!
295 にしき だからリズムがとれて。
296 華子 撥で叩くとたいこがふるえる。(撥で太鼓を一つ叩く。)それが手
     に伝わる。そして思う。(太鼓をなでながら)『こいつこたえてく
     れた』。それがわかるのを『できる』っていうの。あの子達みんな
     それが出来たよ。
297 りゅう たいこがふるえて
298 華子 そう
299 りゅう てがふるえて
300 華子 そう
301 りゅう こたえてくれる
302 大輪 手応えだ。
303 りゅう てごたえ?
304 大輪 花火にもある。俺たちは客の顔は見てないけど、客の声は聞こえ
     る。それが手応えだ。
305 にしき とうちゃんのあげてるところみたい。
306 大輪 終わった後なら良い。
307 にしき 消えたあと?
308 大輪 消えるんじゃなくて
309 りゅう はなびはすぐきえます。
310 華子 太鼓もすぐ消える。でも、太鼓も花火も手応えが残る。消えるけれ
    ど残る。消えるけれどのこる。そういうの大切じゃないかな。母ち
    ゃんも父ちゃんもそういう仕事選んだ。はは、ちょっとくさいか
    な。
311 りゅう おならしたの?
312 にしき おならもきえる!
313 りゅう かなちゃんきえたぁ。
314 きく あの人、どこがわるいの。
315 りゅう (頭をさして)いいんだよ。
316 きく どうしてこの学校にいるの。
317 りゅう ぼくのあとにここにきた。ぼくたまらない。
318 華子 よくわからないけれど、(きくの反応を探りながら)中学校でいじ
    めのような事があったらしいの。で、学校に行くのがいやになっ
    て、やっとここにこれるようになったんだって。
319 きく (明るく)大変な中学があるんだね。
320 華子 そうだね。(りゅうに)あの子、きっと変わりたがっている。あの
     子のあの音、響いたもの。変えてあげようよ。りゅう太鼓やろう
     よ。
321 りゅう う〜ん。
322 華子 なにかをやって、なにかがこたえてくれる、それがわかれば、手応
    えを覚えれば、みんな変われるんだよ。りゅうも、かなちゃんも、
    そしてきくも。
323 きく ……。
324 りゅう う……た……でもいいのかな。
325 華子 うた?
326 りゅう うん。
327 大輪 歌か。
328 華子 みんなで手伝ってあげる。よし、じゃあ歌でまずあの子から変えよ
    う。あすなろの子も、うちの子もみんな明るくなろう。
329 にしき 花火の歌がいい。
330 大輪 手応えでかえるか。
331 りゅう よし。あ。

かな、戻ってくる。家族を通り過ぎ、人形を拾い鐘を拾う。
笛に手を伸ばす。真弓先生、小谷先生、子供達、戻ってくる。

332 りゅう あ……
333 真弓 おすみですか
334 華子 ごちそうさまでした。片づけます。
335 小谷 いいです、やりますから。
336 華子 とんでもない。にしき、そっち持って。
337 会長 (大輪をつかまえて)おじちゃんこれはなんですか?
338 大輪 ああこれはポカものの玉殻だ。
339 とし ポカたま。
340 大輪 きんたまじゃないぞ。
341 華子 (りゅうがかなにアタックしようとするのを応援していたが)!
342 会長 あはははは。
343 めのこ エッチ。
344 かつお (めのこを激しく意識しながら)ハートの花火ってあげられるの。
345 大輪 ハートだって(めのこをおしてあげて)裸の女だってあげちゃう
     ぞ。ぼーん。あふーん。
346 かつお うひゃああああ。
347 めのこ エッチ。(もう大騒ぎ。)
348 華子 馬鹿。(去ろうとするかなの前に行って)あ、ごめんね、あのりゅ
     うのとうちゃんは無神経で、だから馬鹿なの。こんなとうちゃんで
     恥ずかしいの、ね、りゅう。
349 りゅう でもぼくはとうちゃんをえらべなかったけれど、かあちゃんはとう
     ちゃんをえらんだんでしょ。
350 華子 あた。あたたたた。
351 大輪 ばりばりばりっ。
352 華子 なに
353 大輪 雷様。ばりばりばりっ。
354 華子 頭痛い。
355 大輪 選んだのはお前だぞ。
356 華子 ばりばりばりっ。
357 りゅう (かなが、去るのを見て。)あ、
358 大輪 (かなの前に立ち。)かかかかなちゃん、花火師泉大輪です。りゅ
    うのちちおやとして花火の歌を歌います。どんとなった花火だ、き
    れいだな。(音痴でしかもうるさい。)
359 かな ……
360 華子 (あわてて大輪と変わる。)花火の歌はこうなの。りゅうの母親と
    して歌います。
   ♪心に響く(やっぱり、はずれてる)
361 にしき (あわてて母の位置に入って。)妹として歌います。こころにひび
    く
362 りゅう ぼくすきだ。かねひびいたもの。(たどたどしく歌う。心にしみ
    る。音楽が被さる)
    こころにひびく ひかりかがやくわずかなとき
    こころにのこる いつまでも

音楽の中に舞台暗くなる。子供達の楽しそうな後かたづけ。

第3景 白昼の悪夢

きく、箒を見、腕の包帯にふれる。包帯がはらりと落ちる。
暗くなる。大きな傷跡があらわれる。嫌な音。血のようなロープがしたたり落ちてくる。
舞台面には奇怪な模様。中学生達があらわれる。

363 沙紀 転校生。こら転校生。
364 牧野 口がないの?
365 沙紀 あたしらだるまに呼び出されちゃった。
366 中学生 あんたがちくったの。
367 きく ……。
368 大越 じゃ誰がちくったんだろうね。
369 牧野 ちくるなんてどういう神経しちゃってんのかなあ。
370 沙紀 だるまの前で握手したけど、図に乗んないでよね。あたしらも受験
    生だからさ、握手してあげたの。
371 牧野 沙紀ちゃん推薦だよ。
372 中学生 それなのにちくるなんて。
373 中学生 おもいやりがないよね、この人。
374 中学生 立場ってものがわかってないんだよ。
375 牧野 5月のクラス新聞だってそうだったね。
376 三枝 前の学校で新聞委員やってたからって。
377 大越 転校したばっかりでいきなり、先生の印刷手伝うなんてね。
378 沙紀 先公に気に入れられようとした。
379 中学生 やだあ。
380 牧野 内申書ねらってね。
381 中学生 最低。
382 三枝 転校生のくせに。
383 沙紀 今まで顔とか手とか外側やらなかったけどさ。もう我慢しない。
384 大越 卑怯者は許せません。
385 沙紀 こっちに来いよ。
386 牧野 トイレに行きたくない。
387 大越 トイレきれいにしたいんだろ。お口で。
388 牧野 ねえ、何でしゃべらないの。
389 沙紀 生意気なんだよ花火屋。

暴力が高まって、スローモーション。ほうきの柄が腕にたたきつけられる。砕け散る箒。

390 きく ああああ。
391 中学生 あはははは。

中学生達消える。ロープは消える。

392 きく ……(腕を押さえ)負けないもん。(退場)

第4景 けんちゃん

舞台の中は暗くなる。にしき、手紙を持って飛んでくる。
舞台の奥にも光のエリアができる。めのこがけんの乗った車いすを押している。
めのこ、車いすを押す手を止め撥を持つ。花火の歌が口からこぼれる。
けんは不自由な腕と指で携帯用のパソコンを打っている。

393 にしき そんな怖いことが前の日にあったなんてにしきはしりませんでた。
   そんなことより、あすなろから帰ってきて一週間後、私は、けんち
   ゃんから手紙を貰ったんです。パ、パソコンで打った手紙です。
   『太鼓楽しかった。また来てください。花火大会だけでなく、もっ
   とずっとやりたいです。』うわぉ。ねえちゃん、ねえちゃあん。
   (去りかけて、ぴたっと止まって、振り返って。)そしてさらに、
   一週間後、今度はねえちゃんがパソコンで書いた太鼓のイラストを
   もらったんです。(退場)

第5景 かなちゃん

かなが笛を吹いているエリアが明るくなる。りゅうときく、登場。

394 りゅう かかかなちゃん。
395 かな ……。
396 りゅう ま、まって、けんちゃんにかあちゃんのへんじわたしてくるから。
   まってまっててね(走り去る)
397 きく (さりかけるかなに)かあさん、月末に文化ホール借りたの。
398 かな ……。
399 きく 花火大会のあとでもう一度コンサートやろうって。このまま続けれ
   ばみんな、もっとうまくなるし、花火大会だとお客さんも居ないか
   ら、文化ホールでたくさんの人にみてもらって。
400 かな いや。
401 きく え。
402 かな 人の前なんて、
403 きく 人なんてこわくない、
404 かな 自分だって隠れたでしょ。
405 きく ……。
406 かな 中学生があすなろ学園の外を通っただけで。
407 きく ……。
408 かな 出来ないこと人にさせないで。
409 きく ……。でも、これ。(パソコンで描かれたイラストを渡す。)
410 かな ……?
411 きく けんちゃんがちらしにつかってって、イラスト書いてくれた。パソ
   コンで。やめない。やめられない。ちらしつくる。みんなのことか
   いて。あたしが印刷するから。ね。(イラストを渡して、りゅうの
   後を追う。)

かな、イラストを見つめている。歓声や太鼓や鉦の音が聞こえてくる。かな、退場。

412 にしき そしてまた一週間後。突然とうちゃんが帰ってきたんです。夏に帰
ってくるなんて、ももももうびっくりでした。

第6景 泉家

上手に鏡台がある夫婦の部屋。壁際の棚には花火の内部を示した模型が飾ってある。
下手の庭には花火の20個ぐらいの筒の山。作業灯。
スターマインの筒と箱も置いてある。大輪が電話をかけながら、道具箱を運びこみ、
中から玉殻、半紙、文具を取り出す。りゅう、父の後を追いかけ、玉殻を持ち上げる。

413 大輪 わかってますよ。明日には行きます。間に合わせます。はい、良い
   花火あげますよ。はい、わかってます。はい今日は急用が出来て、
   一日遅れますけれど明日は必ず。すみませんでした。(電話を切
   る。)……(花火の名を書いた紙を筒に貼っていく。)
414 りゅう これ汚れてるね。
415 大輪 空から落ちてきたやつだ。
416 りゅう こっちあながあいてる。こっちあいてない。
417 大輪 それは導火線のあった穴だ。(紙を張りながら独り言。)尺玉。七
   号牡丹。椰子。芯入り千輪。

きく、以前と違った鞄を持って登場。首元を鞄で隠している。

418 りゅう ねえちゃん、おかえり。(きく、立ち止まる)
419 大輪 (きくに気がつかず作業を続ける。)紫牡丹、キラキラ錦。八重芯
   冠菊。
420 きく ……。(大輪の前を通過する。)
421 りゅう かばんどうしたの。(大輪、ふっと無言になる。)
422 きく 気分を変えたの。
423 りゅう とうちゃん、あしたからきたのくににいく。
424 きく いってらっしゃい。
425 りゅう (きくを引っ張って大輪に挨拶)ながながおせわになりました。
426 大輪 あの、きく、少し話が……
427 きく (父の近づくのを巧みにさける。)ちかづかないで火薬のにおい落
   ちないから。一度ついたら大変、ふいたって洗ったって、落ちない
   からね。

きく、笑いながら家の中へ。華子、登場、手に何か隠している。

428 華子 あ、おかえり。
429 きく ただいまあ。
430 華子 すぐ公民館行くよ。
431 きく うんわかった。

きく、部屋の奥へ退場。

432 華子 りゅう、夜の稽古に行くから支度して。
433 りゅう ぼくかねね。(鐘をこちんこちんとならす。)
434 華子 りーっずむ。
435 りゅう たかたかたかたかっとんとん。
436 大輪 (きくの去った方を見ていたが)きれいにして行けよ。
437 りゅう うつくしくなって、いきます。
438 華子 はい。

りゅう、退場。

439 華子 たいちゃん、明日、学校行ける。
440 大輪 いや。
441 華子 こういう時いってくれると、
442 大輪 いけるわけないだろ。今からだって、玄さんのところで打ち合わせ
   だ。
443 華子 でも。
444 大輪 わかってるだろ、夏は、
445 華子 いくら夏だって。
446 大輪 あのな。
447 華子 どうするの、これ。(カバンを突き出す。皮にいたずらが刻まれ
   て、中は切り裂かれている。裏側には「死ね」の大きな文字。)
448 大輪 ……。
449 華子 あの中学ますますひどくなっていくの。
450 大輪 ……。
451 華子 あの子もあの子。押入の奥にいれて、隠そうとするなんて。それに
体見せないの。あの子きっと、
452 大輪 親に知られたくないんだよ。
453 華子 なんで。
454 大輪 プライドがあるだろ。
455 華子 そんなこと、いったって。
456 大輪 それやられたの、昨日なのか?
457 華子 一昨日はなかったもの。担任の先生一体何やってるのかな。とにか
   くあたし明日行って来る。
458 大輪 やめとけ。親が行ったって、かえってひどくなる。
459 華子 やっぱり、りゅうと同じあすなろ学園に転校させようよ。そうした
   らもう、
460 大輪 それは違う!
461 華子 違うけれどさ。
462 大輪 きくにはみんなと同じ学校に行って貰いたいよ。
463 華子 きく、りゅうの事まだかくしてる。いやがってる。
464 大輪 この間のあすなろの事か。
465 華子 あれからあともずっと。あの子が変わらなきゃ駄目なのよ。足踏ん
張って、胸はって。だから思い切って一度
466 大輪 けどなあ。
467 華子 だから太鼓はじめさせたのに。
468 大輪 つらいんだよ。
469 華子 だれが。
470 大輪 きくが。
471 華子 なんで。
472 大輪 わかってやれよ。りゅうのようなおかしな弟がいたら。
473 華子 ふざけないで。許さないよ。そういう言い方。あんたがそんな言い
   方するから。自分じゃ何もしないで。あんた、りゅうからずっと逃
   げてたでしょ。わざと仕事作って。きくの事になったら戻ってき
   て。あんたも変わらなきゃだめね。
474 大輪 りゅうだって強くしてやりたいよ。
475 華子 そう、やってみれば。
476 大輪 どこへ行くんだ。
477 華子 洗濯物と戦います。太鼓の前にたたまないと終わりません。あんた
   みたいに、花火ばっかやってる無神経なわがままじじいと違うんで
   す。
478 大輪 おれわがままじじいか。
479 華子 なんであんたなんか選んだのかな。
480 大輪 おい。
481 華子 あたしは主婦よ。お弁当も作るし学校にも行くの。
482 大輪 俺も玄さんの所から、5分で戻ってくるよ。俺だって(道具袋の中
   から何か取り出しながら)
483 華子 あてになんない。いっつもそうやって帰りは夜中なんだから。(退
   場、電車が通過する音)
484 大輪 (ペンケースを出して)考えてる事が、……(裂かれたペンケース
   を見つめる。)5月からずっとか。(電車の警笛音遠くに聞こえ
   て。玉殻の一つとペンケースを持って、退場)

きく、鏡台の前に戻ってくる。首元にスカーフを巻いている。
鏡で自分の姿を確認する。いらだちを抑えている。りゅう、続く。

485 りゅう かあちゃんはいません。とうちゃんもいません。これなあに?
486 きく 化粧水。塗ってやる。(口紅を取り出し、塗る。)
487 りゅう おほぉ。
488 きく 目もいれてやる。
489 りゅう ぼくもうつくしくなりたい。
490 きく くちべにでいい?
491 りゅう うん。
492 きく すわって。
493 りゅう きょう、かなちゃんくる。
494 きく かなちゃんとなにしたいの。
495 りゅう ちゅーっ。
496 きく ちゅう……(口紅が唇からはみ出る。)あ。
497 りゅう かなちゃんとでーとして、えいがみにいって、かばんかって、あか
   ちゃんつくって、けっこんして、しあわせかぞくけいかく。
498 きく (口紅でりゅうの頬に一本の線をいれる。)
499 りゅう あは。
500 きく きれいにしようよ。もっときれいにしよう。(また、一本頬に線を
   書く)うん。きれいにしよう。思いっきりきれいにしよう。なんで
   も忘れられるようにきれいにしよう。ほら。ほーら。だれにも、わ
   らわれないようにしよう。なんにもいわれないようにしよう。(ぐ
   んぐん顔中に口紅をぬっていく。)
501 りゅう あははは。ねえちゃんくすぐったい。(きく、やめる。りゅう、鏡
   を覗き込んで)おお、せくしー。
502 きく ……。
503 りゅう ちゅーっ。あは。
504 きく ……。りゅう、顔、洗おう。
505 りゅう だってきょうかなちゃんくる。
506 きく だって、りゅう……おかしい。顔洗おう。
507 りゅう はなむこさんになる。かなちゃんのはなむこさん。
508 きく だめ。顔、洗おう。
509 りゅう (きくから口紅を奪い取り塗る)もっとかいちゃおう。ほりゃあ。
510 きく りゅう、やめて、やめるべきだよ。りゅう普通でいようよ。そんな
   事しちゃ駄目だから、ふつうなら映画館一緒にいけるよ。
511 りゅう ふつうだよ。えいがつれてけ、かなちゃんのあかちゃんつくる。え
   いがかんつれてけ。

りゅう、きくを激しくゆさぶる。きく、りゅうに、ぬいぐるみをぶつける。ぬいぐるみで殴り始める。

512 りゅう いたいいたい。ねえちゃん痛い。

りゅうの首元から鐘が落ち、鈍い音を立てる。
にしき、物音を聞きつけ飛んでくる。布の包みを持っている。

513 にしき ねえちゃん。(りゅうの顔を見て驚く。)!……。にいちゃんにあ
   たっちゃだめだよ。
514 きく あたってない。(部屋を片づけ始める。)
515 にしき にいちゃんあのももちゃんに、砂食べさせたんだって。
516 きく ……。
517 にしき ねえちゃんがにいちゃんにあたった次の日。ねえちゃん情けない
   よ。いじめられたからって。
518 きく いじめられてなんかないよ。
519 にしき じゃこれなに!かあちゃんが隠してたこれ!(布の包みから鞄を取
   り出す。)
520 りゅう うぉ?
521 にしき (涙をこらえて)聞いてるよ。チョークの粉机の上に広げられたっ
   て、ジャージトイレに沈められたって、
522 きく (布で鞄を包む)そんなの全部嘘、豊田中いい中学だよ。

華子、にぎやかに登場。きく、素早く鞄を抱いて隠す。

523 華子 はいはいはい、遅れちゃうよ、どうしたの。
524 りゅう かあちゃん、ねえちゃんね。
525 華子 (口紅でぬられた顔に驚いて。)りゅう!どうしたの!

庭先に大輪、戻ってくる。

526 大輪 まだいたのか。きく、あのな。
527 りゅう (大輪に報告に行く。)とうちゃん、ねえちゃんね、
528 大輪 (りゅうの顔を見て)りゅう!強そうだなあ!雷様か。雷様だな、
   ばりばりばりぃ。
529 りゅう ばりばりばりぃ。(父に飛びついて遊ぶ。)しびれるしびれる。
530 大輪 (りゅうの持っていた化粧水を見て)なんだこれ。おお、かあちゃ
    んの化粧水か。飲んで見ろ。稲妻様が出るぞ、ばりばりばりぃっ
    ー。
531 りゅう ばりばりばりぃっー。
532 きく (静かに)やめて。
533 大輪 きくもいっしょにやろう。
534 きく 無神経だよ。
535 大輪 きくも強くならなきゃいけないぞ。いっしょに雷様
536 きく りゅうが小学校3年の授業参観日のこと知らないよね、とうさん。
537 りゅう さんかんび……。(徐々にパニックに入っていく。)
538 大輪 かあちゃんが入院していた時の授業参観日か。
539 きく そう。
540 大輪 行ったよ。
541 きく 途中で帰った。
542 大輪 ああ!あの日は、東京の方で仕事が、
543 きく こんな事言った?『りゅうはもう字が書けます。』
544 大輪 おおっ!
545 きく 『かあちゃんは入院中ですが、雷様みたいに元気です。』
546 大輪 はいぃ!
547 きく 『花瓶の水でも飲めば治っちゃいます。』
548 大輪 そう、かあちゃんは不死身だ。
549 きく それがどんなことを引き起こしたかわからないの。
550 大輪 ?
551 きく りゅう、みんなの前で名前書かされたんだって、りゅうって。そし
   たら『きたねえ、これ字かよ、ぐじゃぐじゃだよ』って言われたん
   だって。りゅう怒ってなぐりかかったんだけれどかなわなくて、花
   瓶の水飲まされたの。四つんばいにさせられてみんなにのっかられ
   てつぶされて。あたし、……見てた……。(振り返る父母。)うち
   へ帰ってげーげーはいて。(気がついて)……!だからりゅうは、
   上から囲まれるのが怖くなったの。この間だって。(静かに)それ
   からだと思うの。りゅうが字かかなくなったの。読めないふりする
   ようになったの。なんだってもっと出来るはずなのになんにもやら
   なくなったの。かあちゃんはそれで良いって言った。字なんか読め
   なくともかわいいって。そうしたら本当にみんなにおくれるように
   なった。みんなに馬鹿っていわれるようになった。そしたらあたし
   まで、馬鹿のねえちゃんていわれるようになっ……。(熱にうなさ
   れたように)何故、みんなの居る所でそんなことしたの。言った
   の。りゅうの事、守ろうという心遣いなかったの。
552 にしき ねえちゃん
553 大輪 ……
554 きく 少しは気を配ってよ。あたしの前の中学校にさ、なんで『お弁当忘
   れたぞ』って、りゅうをつれてきたの!なんで教室まではいってき
   たの。(手近なものを投げつけ始める。包みの中の鞄をとりだし)
   これを見てよ。あたし、あたしがこんなになったの、みんなみん
   な、みんな、とうちゃんのせいだ。(投げつける。鞄はりゅうの側
   まで飛ぶ。)
555 にしき ねえちゃん……。
556 きく (父を殴る。)とうちゃんのせいだ、とうちゃんのせいだとうちゃ
   んの、
557 華子 (つかまえ、叩く)馬鹿。(押さえて)あまえるんじゃない。
558 きく あああああ。(泣き伏す)
559 大輪 ……。

大輪、黙って、去る。

560 華子 たいちゃん……。
561 きく ……。
562 華子 確かめたいの。みせてごらん。

きくのスカーフをはずし傷を確認し、胸元もみる。
きく、母親のすがる手を払う。同時に胸元が大きくあき傷口が、りゅうにもにしきにも見える。
きく、胸元を隠ししゃがみ込む。りゅう、鞄を拾う。華子、きくをきつく抱きしめる。

563 華子 (何を言って良いかわからない。)あんたが生まれてくる時、父ち
   ゃんなんて言ったと思う。あんたなかなか生まれてくれなかったか
   ら、かあちゃんのお腹の中にいつまでもいたから、ここに口あて
   て、『はやくでてこい、花火ぴかぴかしてる、ほら光った。』って
   何時間も叫び続けたんだよ。
564 りゅう (鞄を見つめて。)ぼくがじぃかかないから……
565 華子 りゅうはね、小さい時に熱出したの。父ちゃん、ちいちゃなりゅ
   う、トラックの助手席に乗っけて病院につれていって、でも、…
   …、なかなか熱下がらなくて……、病院の待合室で、父ちゃん、
   『なんでもっと早く気がついてやらなかったんだ』って。毎日毎日
   泣いて、花火あげながら泣いてたんだ。とうちゃんわかってるよ。
566 きく ……。
567 華子 (なにも自信なく)できることからやろうよ。自分でなにか選ん
   で。
568 りゅう ……。
569 にしき (きくの靴をきくに持ってきてあげて。)あたしの生まれたとき
   は。
570 華子 あんたは蹴った。強かった。父ちゃん相撲取りにしてやるって、あ
   んたがおなか蹴るたびにぱんぱんって張り手の相手した。(にし
   き、戻っていく。)あんたたち、三人産んで、かあちゃんとうちゃ
   ん、幸せ者だよ。三人とも、たたけばこたえてくれた。たからだ
   よ。宝物だ。知らないことなんかなんにもない。
571 きく ……。
572 華子 (なにも自信なく)できることからやろうよ。じぶんでえらんで。
573 りゅう (スケッチブックに何か書き始める。)
574 にしき ねえあたし、お相撲さんになるべき名前なの。
575 華子 え。
576 にしき あたしみんなに…。
577 華子 花火の名前。きらきら光る花火のにしき。
578 にしき はなび……。
579 華子 とうちゃんと二人で決めたの。一番きれいな前にしようって。
580 にしき なんでもない。
581 華子 あんた、……かあちゃんがはっけよいって、(にしきに駆け寄ろう
   とする。)
582 にしき のこった。(華子、止まる。)のこった、のこった、のこったあ。
   (華子の腹に腕をあて押し切っていく。)
583 華子 にしき。
584 にしき (いきなり母親の腹を叩く。)
585 華子 う。
586 にしき (自分の腹も叩いてみる。納得して言う。)かあちゃんに似たんだ
   よ。
587 華子 (びっくりして)とうちゃん、でてないもんね。
588 にしき うん。
589 華子 かあちゃん、
590 にしき とうちゃん、どこへいったんだろうね。
591 華子 きく、とうちゃんあんな馬鹿やっているくせに、気が小さいんだか
   ら、泣いてるよ。無神経な癖に、落ち込んだら止まらないんだか
   ら。馬鹿だから今頃そこらの河原で首吊ってるかもしれないよ。
592 きく ……。
593 華子 葬式になったらあんたが写真持ってね。
594 りゅう ねえちゃんにあげる。(ゴリラの表紙のスケッチブックをきくに渡
   す。)
595 きく なに?
596 りゅう とうちゃんのしゃしん。
597 きく ……。(大輪の去った方へ退場。)

華子、きくの後を追って退場。にしき、ぬいぐるみをかたづける。
りゅう、鐘を拾い、父の半紙を取る。見つめている。じっと見つめている。
舞台の中暗くなる。にしき、兄を追う。水音がして、泉の音となり、川の音になる。暗くなる。


第7景 月夜の河原

虫の声。柳がある。大輪、水面を見つめている。足下に玉殻がある。
流木が引き上げられている。きくがやってくる。
大輪、立ち上がりかけるがまた、しゃがむ。互いに話しかけられない。

598 大輪 ……。
599 きく ……。
600 大輪 ぼうふら。
601 きく ……
602 大輪 ぼうふらは、蚊の子どもだ。
603 きく ……。
604 大輪 生きてる。
605 きく なに。
606 大輪 いや。みみず……。
607 きく なに。
608 大輪 いや。生きて……。
609 きく なに。
610 大輪 もぐらだって生きて……。(またしゃがみ込む。)
611 きく ……(黙りこくった大輪の背中を見て)背中の傷は花火でやった
   の。
612 大輪 ……わけえころ、しくじってな。
613 きく 花火って怖いんだよね。
614 大輪 ……こわかなんかねえ。
615 きく 小さい時、お風呂一緒に入ってこわかった。
616 大輪 親の背中流しながら泣きやがって。
617 きく (対岸を指さして)今度あそこでやる花火大会、最後にあげる二尺
   玉は、なんて名前。
618 大輪 昇り龍付き四重芯の錦。
619 きく りゅうが昇るように花火があがって、5つの輪になる。
620 大輪 ?
621 きく 花火屋の娘だよ。
622 大輪 うちの花火だ。
623 きく え?
624 大輪 まず、りゅうがのぼる、芯になる。かあちゃんの華、とうちゃんの
   大輪、きく、そしてにしき。
625 きく 響きそうだね。
626 大輪 北海道から沖縄まで響く。

電車の警笛の音近づいて、鉄橋を渡り、遠くへと消えていく。水の音。虫の声。

627 大輪 日本中旅しててもな、虫の声を聞くといつもここの事思い出した。
628 きく ……。
629 大輪 流しびなってあるんだそうだ。紙で作ったおひな様を船に乗っけ
   て、その船に、つらい思いのもとを乗せて、川に流す。おひな様
   が、つらい思いをみんな引き受けてくれる。この間、夜中に紙さが
   してな、父さん、おひな様つくってみた。
630 きく つらい思いなんかしてないよ、あたし。
631 大輪 さっきの鞄をいれればいいのだろうが、大きすぎるし、だからこれ
   を(引き裂かれたペンケースを出す。)
632 きく ……!
633 大輪 5月からとうちゃん持ってた。中学入学の時に父さんが買ってあげ
   たペンケース5月にゴミ袋からみつけて、ずっと持ってた。こんな
   に切られて。かあさんには言ってないんだ。
634 きく ……。
635 大輪 とうさん折り紙のやり方良くわからなくてな。おひな様ただの四角
   になっちゃったけれど、こっちが男で、こっちが女だ。船は、花火
   の玉殻がいいと思ってポカものを拾ってきた。これをここに入れ
   て、そこから流せ。つらい思いを、流しちまえ。
636 きく ……。
637 大輪 な。
638 きく ……。

きく、玉殻を受け取り、水辺まで降りていく。

639 きく とうさん。
640 大輪 ああ。
641 きく 駄目だよ。
642 大輪 だからさっきの鞄じゃ大きすぎて。
643 きく あな。
644 大輪 あな?
645 きく あながあいてる。
646 大輪 なにぃ?
647 きく 流れないで沈んじゃうよ。
648 大輪 貸して見ろ。あらあこっちは、導火線のついていた方だ。
649 きく 使えないね。
650 大輪 もう一つの方を持ってくるつもりだったのに。だからあのな
651 きく 何持ってきてるんだか。
652 大輪 おまえだってなに持ってきてるんだ。(スケッチブックをとる。)
653 きく とうちゃんの写真。
654 大輪 しゃしん?(スケッチブックをあけてみる)とうちゃんの写真なん
   かないよ。(あけた頁をきくにみせる。)
655 きく (スケッチブックを見て息をのむ。)りゅう!(父の手から奪いと
   ってめくる。)りゅうがかいた。
656 大輪 え。
657 きく りゅうが字を書いた。
658 大輪 なんて。
659 きく カンハレ!
660 大輪 え?
661 きく ガンバレのつもりだよ。ガンバレが、カンハレ。りゅうが字をかい
   た。(家に戻ろうと振り返る。)

顔も服も墨だらけになったりゅう、いっぱい書き込んだ半紙を山ほど抱えて登場。

662 りゅう かいたよ。いっぱいかいたよ。ほら。ほら。ほら。(空中高くばら
   まく。一文字ずつとりあげる。柳の木にもはる。カンハレとあ
   る。)

隠れて父娘の様子を見ていた華子、飛び出してくる。

663 華子 りゅう……。

墨で顔が汚れたにしき、出てくる。手には途中で拾った書き初めの山。撥も持っている。

664 にしき 兄ちゃん、一人で書いてたよ。部屋が墨で真っ黒だよ。
665 華子 あんたの顔も真っ黒。
666 りゅう あははは。
667 にしき だって兄ちゃん筆でびゃあびゃあかくんだもん。
668 りゅう きたないかおだね。
669 にしき にいちゃんだって。
670 きく りゅう。
671 りゅう うん。
672 きく (りゅうの反応を思いっきり試してみる。)汚い字だね。
673 りゅう うん。きたない。
674 きく うん。
675 りゅう これがガ。
676 きく カ。
677 りゅう ン。
678 きく うん。
679 りゅう バ。
680 きく ハ。
681 華子 (ハの字を見ながら)ぼうふらみたいな字だね。
682 りゅう レ。
683 にしき みぎひだり逆だよ。
684 りゅう あれえへんだね。
685 きく へんだ。
686 りゅう へんだ。あははは。
687 華子 書き直しだよ。あはは。
688 にしき にいちゃんが、やりたいことあるんだって。
689 りゅう かあちゃん、たいこたたくとへそとられる。
690 華子 え?
691 りゅう へなちょこ太鼓だと、へそとられる?
692 華子 とられない。
693 りゅう ほんと。
694 華子 あんた、もしかして、へそとられるって思って。無神経なのかあち
   ゃんだったんだね。
695 にしき そうだよ、かあちゃん、無神経だったんだよ。
696 華子 ごめんね。
697 大輪 りゅう、肩にのれ、久しぶりだ。(肩車して)どうだ高いだろ。
698 りゅう たかい。
699 大輪 こわいか。
700 りゅう こわくない。
701 大輪 太鼓を叩くときのためにな、父ちゃんが高い櫓作ってやる。
702 りゅう たかい?
703 大輪 一番高いところで叩けば気持ちいいぞ。
704 りゅう ぼく、えらぶ。たいこえらぶ。
705 きく うん。
706 りゅう おろせ。
707 大輪 あぶない、あぶないぞ。
708 りゅう これねえちゃんもってて。(降りて、鐘を姉に渡す。流木を示し)
   まず、これを、たたく。
709 きく これが太鼓。
710 りゅう うん。これじゃま。(流しびなセットを川面に投げる。水音、沈む
   音)
711 きく あ。
712 りゅう 沈んでいくね。
713 きく うん。
714 りゅう はいや。ああ。(叩けない)はいや。たかたかたか、はいや。(少
   し叩ける)たかたかたかたかすっとん。(叩けてくる)たかたか
715 きく (口を合わせて)たかたか
716 りゅう たかたかたかたか。
717 にしき あたしも太鼓でるよ。
718 華子 うん。
719 にしき 伊藤君も呼ぶ。
720 華子 うん。
721 きく 太鼓、学校から直接行く。
722 華子 それなら間に合うね。
723 にしき (一緒に丸太を叩いて)もうじき花火大会だね。
724 華子 うん。

流木をうつりゅうとにしきを、見守る家族。まわりは暗くなる。にしき、一人、撥をならし続ける。

第8景 花火への道

靴を履き、身支度を整えているきくの後ろに中学生達、あらわれる。

725 沙紀 なあにそのかっこ。
726 きく ……(逃げようとして逃げられない。)
727 三枝 恥ずかしいな。
728 大越 いよいよ頭にきちゃったの。
729 沙紀 へんてこりんな弟、どうしてる。
730 牧野 勉強しなくて良い弟さん。
731 大越 ただ、ぼーっと突っ立って、毎日ただ遊んでる。
732 沙紀 受験もしないし。
733 大越 大きくなっても働かないし。
734 沙紀 あたし達が働いて払った税金で食べる、へなちょこおみそ。
735 牧野 あたしらのお荷物。たまらないな。
736 きく そんな言い方するな!
737 沙紀 ……。
738 大越 どうしたの。
739 きく 弟は……
740 沙紀 は、どうしちゃったの。
741 きく あんたたちよりちゃんと生きてる。
742 沙紀 あんたに何がわかる。
743 きく 弟は自分に、向き合ってる。(徐々に中学生達に顔を向けてい
   く。)そこに居る。そこに居るの。
744 沙紀 あんた、口があったんだね。
745 牧野 やっぱりあんた、弟の頭のおかしいのうつったんだね。
746 きく そんな言い方するなって言ってんだろ。(牧野を投げ飛ばす。)
747 大越  なにすんだよ。(きく、大越を投げ飛ばす。)
748 沙紀 (きくを蹴り上げる。)このやろう。
749 きく (倒れ伏す。)う。
750 沙紀 (倒れたきくの顔を髪の毛で引っ張り上げ)そんなに自慢の弟なら
   何故隠してる。何故弟の前から消える。いつだったっけ駅前であん
   たにあったらあんた弟の前から逃げていったよね。残された弟おろ
   おろしてた。これからも秘密にしておいてやるよ。
751 大越 そうだこれからも隠し続けるんだろ。(きくをひっくり返す。)
752 きく 隠さない。
753 沙紀 なに。(再びきくを掴んだときに鐘がちりーんと鳴る。)
754 きく (自分の中の何かに気がついていく。)なんにも隠さない。あたし
   の弟はりゅうっていいます。……小さい時熱出して、出来ない事が
   いっぱいふえたけれど、私の中でいつまでも昇り続けていくりゅう
   です。きょうの花火大会で。(きくの背中に光がさしてくる。)
755 沙紀 はなびたいかい?
756 きく そこで太鼓やるから見に来てください。
757 沙紀 嫌だ。
758 きく (沙紀の襟筋をつかまえて)来ないと今までのことみんな先生に言
   う。
759 沙紀 なに!(首をつかまえる。)
760 きく そんなことしない。でも(沙紀の手をつかまえ返し)弟のりゅうを
   いっぱい見せてあげるから、(手で沙紀をおしやる。)きて。花火
   会場にみんなきて。くるよね、三枝ちゃん。大越さん。牧野さん、
   沙紀さん。

光はますます強く。三枝がにげ、後を大越が追う。牧野が逃げる。最後に残った沙紀も消えていく。

761 きく ……やったあ。

きく、走り去る。

第9景 花火会場

強く明るい音楽が飛び込んでくる。子供達も飛んできて、転換。
花火会場を作り始める。太鼓の衣装姿のにしきが飛んでくる。

762 にしき だからわたしは、あの日クラスの友達みんなも、伊藤君もよんだん
   です。あの日はだれもきてくれなかったけれど、あの日のあたしは
   自分が輝いていたのがわかったんです。すらっとしてスリムな私が

763 華子 (舞台の中から)にしき早く太鼓並べてね。
764 にしき どすこい。(舞台の中に飛び込んでいく。)

ももとりゅう、やってくる。

765 りゅう ももちゃん、鈴やるんだよね。
766 もも ぅん。(ならし始める。)
767 りゅう がんばろうね。
768 もも ぅん。(ならし始める。)

見守る華子。かな、登場。りゅうに近寄る。

769 かな (小さな箱をりゅうに手渡す。)
770 りゅう なあに?
771 かな クッキー。
772 りゅう くっきー?ほわいとでー?
773 かな ……。
774 りゅう まごができちゃった。
775 にしき (太鼓を動かしながら)兄ちゃん、まごができたの。
776 りゅう ほら。(と、かなのお腹を指さして)

かな、恥ずかしげに逃げる。きく、ちらしをもって登場。

777 きく (かなに)ちらしがやっとできました。
778 かな ほんと?
779 きく 文化ホールのちらし。(みんなに)次の公演のチラシだよ。(けん
   に)ありがとう。(けんにチラシをわたす。)
780 みんな すごい。

信号雷があがる。あすなろ関係者、楽器を持って集まってくる。

781 みんな (見上げて)うわあ。
782 華子 がんばってよ、とうちゃん。

早撃ち五連発の花火。

783 みんな すごい、すごい。
784 華子 さ、こっちも始めるよ。
785 めのこ でもだれもいないね。
786 かつお ひとがいない。
787 りゅう ○○しかいない。(そこにいそうなもの)
788 華子 みんながいるよ。
789 めのこ うん。
790 華子 やろう。
791 かつお うおおい。(走りだす。何人かつられる。)
792 みんな まって、ならんで、そっちじゃない。ほらみんな。
793 きく 動くな。息止めて。(客席に向かって)あすなろ太鼓はじまりまあ
   す。
794 かつお おりゃ、あ。(長胴太鼓の前奏)
795 りゅう は。(高い壇上で締太鼓)

一ヶ月前より格段に上。始まってしばらくたつと人々の足音がしてくる。太鼓へたなながら盛り上がってくる。

796 華子達 どっこいどっこいどっこい。
797 かつお おりゃああ。

かつお、勢い余って倒れ、会長にぶつかる。子供達が集まり、みんながうちやめた時。声が聞こえてくる。

798 人々 あ〜あ、なんだろあれ。
799 人々 車いすかあ。
800 人々 あれで太鼓やるなんておかしいよ。
801 三枝 どこがおかしいんですか。
802 人々 できてないでしょ。大体片手でやるなんてさ。
803 人々 やるんならちゃんとやって欲しいなあ。
804 人々 行こうよ。
805 人々 気持ち悪い。
806 人々 苦手だよああいう人たち。

足音、去る。残されて止まった子供達。きくが励まそうとするが、
後ろに隠れるもも、めのこ。間。けん、渾身の力を込めて手でじかに太鼓をうつ。
一度、二度。とし、締太鼓に近づき、うち始める。

807 りゅう あのひとにあげてくる。(ちらしを配り始める。)ほーるにきてく
   ださあい。
808 かつお きてくださあい。(いっしょに配り始める。)
809 会長 (リズムうちをにしきにまかせて一緒にちらしを配る。)来月で
す。
810 めのこ (おずおずと)きてください。

子供達がいなくなってしまったので、中央の太鼓があいている。
きく、太鼓を前に押しだす。太鼓を叩く。激しく強いリズム。にしきがかわって打つ。
きく、舞台前面を撥でリズムを打ちながら動き回る。りゅうも戻ってきて、太鼓。まるで夢の世界。

811 にしき にいちゃん、すごいね。
812 りゅう ゆめみたいら。
813 にしき あたしのにいちゃんです。

かなも笛を吹きながら応援。三人の回転打ち。
大人達も、子供達も再び加わる。きく、太鼓の列から離れる。
突然、無音。無音のまま太鼓が続く。きく、響きを全身にあびる。
再び、きくも太鼓の列に加わると音が帰ってくる。最高潮。決まる。

814 みんな よーい、よーい、よいさあ。

スターマインが響き輝く。二尺玉の発射音。ずしんと重い。
花火の昇り曲がうなり、昇り龍が空に昇っていく。
花火を見上げる人の顔に花火の照り返し。ものすごい音。宇宙全てが揺れる。

815 みんな やったあああああ。

大騒ぎの子どもたち。きくは、その輪の中にいて、りゅうとかなは別の所にいて互いをみている。
もも、鈴をやめて、こんこんと太鼓を叩く。

816 もも母 もも……。

かつおが太鼓で応える。ゆりがさらにこたえると、ゆりのうっている太鼓にみんなが寄ってくる。
かつおが一打ち、めのこが一打ち、りゅうが二打ち、会長が一打ち、どんどん増えてくる。
子供達の歓声、全員で打ち終わると、人々の動きが止まる。
にしき、最初の格好で最初の位置で卒業にあたっての言葉を続けている。

817 にしき わたしの家族の話は、ここまでです。わたしは明日小学校を卒業し
   ます。来月桜が咲く頃、わたしは中学校に入ります。不安です。

にしきを切り裂く光と音。

818 にしき 不安です、でも、この夏は私にとって大きな夏でした。この卒業の
   言葉を終わる前に自分に一言、言ってやりたいです。(ぐっと力を
    いれた後。はれて。)カンハレ。

人々の無音の歓声、ゆったりした世界が続く。
不安な光や音も消え、明るい日が差し込んで。







 この劇を作るのにあたって、たくさんの方にお力添えをいただきました。感謝の気持ちでいっぱいです。
千葉県立船橋養護学校・船橋市立養護学校のみなさま
高野太鼓さま・相洋高校和太鼓部さま・浅野竜さま・元祖玉屋花火店さま
その他この2年間にかかわったすべての方々、そして何より、
毎日変わる脚本に応え、あらゆる中身をくれた部員達、ありがとうございました。

参考にしたり人物を考えたりした図書は次の通りです。
 「だからあなたも生き抜いて」「あなたはひとりじゃない」大平光代 講談社
 「だれが石を投げたのか?」ミリアム・プレスラー さえら書房
 「真夏のSCENE」岡田なおこ 文溪堂
 「ぼくのじんせい」「ぼくのお姉さん」 丘修三 ポプラ社
 「ヒルベルという子がいた」ペーター・ヘルトリング 偕成社
 「ダウン症の子をもって」正村公宏 新潮文庫
 「ピアニシモ」辻仁成 集英社文庫
 「おかあさん 命をありがとう」檜野里夫 集英社文庫
 「ナイフ」「ビタミンF」重松清 新潮社
「十二番目の天使」オグ・マンディーノ
 「十二歳たちの伝説」「十二歳たちの伝説U」「14歳Fight」後藤竜二 新日本出版社

参考にした映画やテレビドラマは
「打ち上げ花火、下から見るか、横から見るか」「リリイ・シュシュのすべて」
「レインマン」「ギルバート・グレイプ」「パッチ・アダムス」
「マイ・フレンド・メモリー」「学校U」「学校W」「学校V」「KYOKO」「息子よ」「おにいちゃん 改札口」


土田峰人の作品掲載戯曲集


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