とみー 



 とみーはみみが好きでした。とみーはグランドの水飲み場でみみに近寄って
「あの、ぼく」
 二人はしばらく黙ったまま。
「すきだ。」
やっと口からおしだしました。みみは
「そう」
 二人はそれからしばらく黙ったまま。
「じゃ……」
「……」
とみーは目が熱くなって何も見えませんでした。そのまま動けずに手も足も重くなって。
とみーは体を垂直に立てたまま 歩き出しました。
陸上トラックは夕闇の中に沈んで、五月の風が肩をなぜました。
みみはきっとまだたちつくしていると思いました。でもぼくはいうべき事を言った。
「好きだ」「よし、言ったんだ」一番言いたかったこと、胸の中にしまっておくことが出来なくなったこと、顔を見ているとみみの唇だけがピンク色にぬれて浮かび上がってくるあの思いとは別の、心の奥底に潜んでいた思いを言ったんだ「すきだ」。
 暗くなり始めたコンクリートブロックで出来た二階建ての部室棟、階段を上がり、奥から二番目の部室に入る。窓のうす青い光だけが差し込む暗い部室の大きな木の机。落書きがいっぱい書いてある机に両手をついて、古ぼけて壊れかけた木のベンチに座る。
 ここではじめて彼女と会った。他愛ない話をなんどもした。先輩の噂も理科の先生の白衣の汚れのことも、自転車のギアーのかずも、へたなしゃれはよしなしゃれ、といっただじゃれの連発もみんなこの机とこの椅子で。

 みみは水道口で怒っていた。なんなの。何を言ってるの。何か言ってそのまま居なくなるの。だからどうしろっていうの。背も低いくせに。頭も悪い癖に。顔も並以下のくせに。あたしを支えてくれるなんの言葉も持たないくせに。
 腹が立ってきた。みんな勝手なことを言う。私を包んでくれるとか、優しく見守ってあげるとか、そして今度は。ばかばかしい。蛇口を指で押さえて思いっきり栓をひねった。水があちこちに飛んで体操服がびしょぬれになった。もう一つの栓も親指でふさいで栓をひねった。

 次の日トミーは行動に出た。廊下でみみとすれ違う。目をそむけた。教室側を彼女が通れば、グランド側の窓をみながら歩いてすれ違った。教卓で司会をする彼女とは反対の方をみながら
「全員が参加できることをやればいいと思いまあす。」
彼女も彼とは無関係な方に目を固定したまま(と、彼は思っていた)
「他に意見のある人は?」
と聞いていた。
 彼女と教室の入り口ですれ違ったりすると、彼は「卵はおやじゃ ぴーよこちゃん」といいながら開いてる窓から飛び降りる。教室が一階だってわかっててやる情けないヤツ。

 クラスは体育祭に向かって燃えはじめた。仮装行列。「フランス革命」。ナポレオンを中心にした兵士たちが貴族を処刑するために断頭台を使う。兵士の隊列。捕まった貴族。追いかける貴婦人たち。民衆たち。
 彼はナポレオンふうの帽子を作る。サーベルを20人分作る。マルキン人形の上半身を尾崎君がもらってきて胸を切り落として首を切り分ける。胸の中に顔を入れ、その上にトマトジュースを満たした風船を2個入れ、その上に、白人貴族にしたてたマネキンの顔を乗せ、セロテープでくっつけ、胸の部分から貴族服をきせる。
 スネアをたたくヤツが出てきた。処刑にあたりトランペットをならすヤツが出てきた。斧を作り、断頭台をつくり、体育祭が始まった。入場門から断頭台、死刑執行人、貴族、兵士の行列、フランスの民衆たち、45名の軍楽隊にのった行進。本部席前で、貴族は断頭台にねかせられ、首を楽隊の音と共に切り落とされる。首は白い布の上に血しぶきと一緒に転げ落ちる。
 優勝。優勝。応援団も。マラソンも。クラスは全て優勝した。

 その日の打ち上げ41人が集まって、ゲームをしたり、行列で転んだことを反省して見せたり、大騒ぎ。男女みんななにやら話し込んで、しばらくするとメンバー変わってまた話し込んでいて。

 とみーは、しおりに呼び出された。
「彼女くるしんでるよ」
「え……」
「口もきいてないでしょ。さけつづけているでしょ」
「あいつだって教室に手伝いにこなかった。」
「家庭科室でみんなの衣装縫ってたんだよ。」
「え?」
「5〜6人でみんなの衣装ぬってたの。」
「……」
「口きいてあげてよ。」
「……」
「何も話してないんでしょ」
「なにもって?」
「言ったっきりなんでしょ」
「返事きかなくてもいいんだ。」
「なにそれ、卑怯だよ。」
「だって……」
「なに」
「ぼくは、かのじょが、かのじょに、恋しているけれど、かのじょはそうじゃないもの。
それはわか……」
「彼女も君のこと嫌いじゃないよ。」
「……うん。」
「同じ事求めちゃ行けないんじゃない。」
「……。もとめてないよ。」
「求めているから、口きかないんでしょ。それって、口きかれない方からするとつらいよ。」
「うん……」
「彼女と話してみれば。」
「……」
「ね。」
しおりはみんなのほうにもどっていった。
階段の奥の方でみみと話している。
きた……。
「……」
「……」
やっと口をきく。一月ぶりだ。
「やぁ。」
「うん。」
「あ……。」
「こう思ってる。」
先を越された。
「え?」
「とみーのこと、likeって」
「らいく?」
「でも……」
「なに?」
「loveじゃない。」
「あ……」
「likeじゃないけれど、loveじやないの」
「うん」
「loveじゃないけれど、likeだからね。」
「ああ」
「それでいい?」
「ありがとう……。」
とみーはもう口がきけなかった。でもあたたかった。
気がつくと、しおりが階段の奥のほうで、みんなと遊びながらこっちを見守っていた。
ひとつ、おおきく息をすった。


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