「私のヘレン」      作・土田峰人

※この劇は、ヘレン・ケラーの伝記を元にしたフィクションです。
千葉県立船橋旭高等学校演劇部 1999年度 夏季 上演台本

  第19稿 Ver19.1                 1999・7・23 印刷

「私のヘレン」目次
第1場 現代 4
 第1景 音楽 4
第2場 現在のケラー家 @ 5
 第1景 軍楽隊 5
 第2景 銃をもった隣人達 5
 第3景 ケートの思い 6
 第4景 ヘレンとサリバン 8
第3場 現代A 転換の間 9
第4場 30年前のケラー家 9
 第1景 卵の殻 9
第5場 現代B 転換の間に 14
第6場 パーキンズ盲学校  15
 第1景 発声法 15
 第2景 パーキンズ盲学校創立記念祭 開演前 18
 第3景 「氷の王女様」 19
 第4景 賞賛 21
 第5景 三人の喜び 23
 第6景 剽窃の発覚 24
 第7景 会議室 24
 第8景 泉。 26
第7場 現代C 転換の間に 28
第8場 現在のケラー家 A 29
 第1景 マーサは? 29
第9場 現代D 転換の間に 31
第10場 半年前 出版記念パーティ 32
 第1景 マイクとジョー 32
 第2景 インタビュー 35
 第3景 二人 37
 第4景 亀裂 40
第11場 現代 転換の間に 42
第12場 現在のケラー家 B 42
 第1景 マーサ。 42
 第2景 母とマイク 44
 第3景 ヘレンの講演。 45

登場人物
ヘレン・ケラー    ………… 盲ろうの人
 ヘレンの家族
ケート・ケラー    ………… 母
ケラー大尉   ………… 父

 先生たち
アン・サリバン   ………… 先生
ジョー・メイヤー   ………… 先生の夫

ヘレンの恋人 マイク・フェイガン ………… 新聞記者

ケラー家の黒人
 パーシー    ………… 先代からの下僕
 マーサ     ………… 少女時代の友達

現在の村
 マグワイヤ    ………… 傷痍軍人
 サンダース    ………… 商工会議所の男
 ローズ    ………… 噂好きの女
 軍楽隊  隣人
 警察隊

30年前のケラー家 農婦たち
28年前のパーキンズ盲学校
 校長 ホプキン
 ティミー 子供達 先生たち
半年前のパーティ会場 新聞記者 ボーイ ウェイトレス



第1場 現代@
第1景 音楽

銃声がこだまする。霧の彼方からトランペットの泣くような音が聞こえる。
幕が上がると客席からケートの亡霊がたちあがる。

1 ケート みなさん、私の娘、ヘレン・ケラーしってます?あ、私、もう死ん
      じゃって居るんですけれどね。一才半の時に突然熱を出して、今だ
      ったら何とかなったんでしょうが、目と耳が全く駄目になったんで
     す。だから、口も利けない三重苦。
2 大尉 (またまた客席から登場)おいケーティ、このヘレンのことを書い
     た本、すごくくわしいぞ。
3 ケート あ、また。うちの旦那です。
4 大尉 わしゃ、この事件の事しらん。
5 ケート あたりまえですよ。あんた、あたしより20年も先に死んじゃった
      んですから。

緞帳が静かにあがる。井戸にはツタが絡まり錆がついてる、木々は暗く、塀は崩れている。
旅行鞄を持ったヘレン・ケラー、台上にたっている。ピン・スポットの明かりの中で二人の会話は続く。

6 大尉 光の天使ヘレン・ケラーが、恋をした。相手の男はマイク・フェイ
     ガン。時は1917年、こりゃ第一次世界大戦でアメリカがフラン
     スと戦った年だな。
7 ケート ドイツと戦ったんです。
8 大尉 アメリカ南部、アラバマ州タスカンビアの村。

手に怪我したマイク・フェイガンがヘレンの側によってくる。

9 ケート 新聞に「ヘレン・ケラーが婚約」とのって、この村中大騒ぎ。
10 大尉 婚約!
11 ケート ボストンからヘレンを連れ帰ってきました。だってそんな。そした
      ら、ここで志願兵激励会が開かれる前の日。
12 大尉 志願兵激励会!
13 ケート ヘレンは……。
14 大尉 どうした。
15 ケート あなた本当にあの子のこと、あとは、見て下さい。(退場)
16 大尉 はあ、何いっとるんじゃ。あ。(舞台と客席に気づき、退場)

第2場 現在のケラー家 @
第1景 軍楽隊

人々の笑い声。二人は、積み上げられた箱のかげに隠れる。
村人達、登場。星条旗と南軍の旗を掲げ、激励会の準備を始め、
軍楽隊が楽器をならしながら入ってくる。
兵を募る横断幕が張られ、星条旗と南軍の旗がうち振られる。

第2景 銃をもった隣人達

銃を持ったケート、銃を持った隣人、アン、ジョー、パーシー、登場。

17 マグワイヤ ケラー大尉の奥さん、一体、なに事ですか、
18 ケート 私のヘレンを見かけませんでしたか。
19 マグワイヤ 娘さんがどうしたって?
20 ローズ また駆け落ちしたんだ?!
21 村人 新聞に載ってた男と。
22 ローズ 陸軍警察が、さっき駅にいたじゃない。その男徴兵拒否で逃げ回っ
       ているの。
23 マグワイヤ 徴兵拒否!?
24 ケート みなさん、大事なお仕事を続けて下さい。
25 サンダース 娘さんも、『戦争反対』とか言ってるそうだな。
26 マグワイヤ なにい?
27 ローズ 男にそそのかされて『自分は社会主義者です』っていったんですっ
       て。赤なのよ、赤。「谷間の白百合」が今は「赤い百合」なのよ。
       (みんなの笑い)
28 サンダース あんたも、まさか赤になったんじゃないだろうな。
29 ケート 今日は、このテラスをお貸しして協力しているじゃありませんか。
30 マグワイヤ ゆるせん。見つけたら二人とも撃ち殺す。
31 村人 弾丸がもったいない。二人とも縛り首だ。木につるすんだ。
32 マグワイヤ あの二本の木につるすんだ。
33 ローズ 二人を捜しながら、もう一回りしてきましょう。

村人達、音楽を奏で、旗をうち振りつつ、退場。

第3景 ケートの思い

34 ジョー 南軍の旗か。南部のど真ん中でヘレンとマイクは大したことをやっ
      てるもんだな。
35 アン やめてあなた。
36 ジョー サリバン先生、その言い方は半年前に終わったはずですよ。
37 アン 何故ここに来たの。
38 ジョー 君が病院を抜け出したって聞いたからさ。ヘレンの婚約、ヨーロッ
      パも評判だった。
39 ケート ヘレンは、「結婚しません、特別な感情もありません」とはっきり
      言いました。
40 パーシー そら、本当の気持ちじゃねえ。
41 ケート ヘレンは騙されているの、あの赤の新聞記者に。
42 アン 陸軍警察につかまったら?
43 ジョー 刑務所行きだ。逃げたり抵抗したりしたらこの場で銃殺。そうなっ
      たらヘレンも刑務所ゆきだ。
44 ケート あの男、どこまでヘレンを振り回せば気が済むの。見つけたら生か
      しておくものですか。ああ。(ふらつく)
45 ジョー パーシーさん。この箱を。(箱をパーシーに渡す。二人に気がつ
      く。黙ったまま)
46 アン (支えて)興奮しすぎてはお体に触ります。
47 ケート 私がヘレンを手放して北部にやったのがいけないんです。
48 アン 親は子離れをしなければなりません。
49 ケート あなたが私からヘレンを奪ったんです。もうこのうちからは、二度
      と出しません。生きている限り、私が、世話をします。私の、私の
      ヘレンですもの。ですから、サリバン先生も、旦那様も、安心して
      ボストンへお帰り下さい。
50 アン あなただけのヘレンではないんです。
51 ケート ボストンには行かせません。(帰り道を示し)お二方ともどうぞ。
52 隣人 (戻ってきて)見つかりません。
53 ケート パーシー、馬車をだして、お二人をお送りして。最終列車には間に
      合うわ(男どもに)行きましょう。

第4景 ヘレンとサリバン

ケート、隣人達、退場。

54 アン 早くヘレンをさがしだして連れ帰らないと。
55 ジョー ここに隠れているよ。(箱をどける。二人は中央へ)
56 アン ヘレン!
57 パーシー お嬢様!奥様、呼んでくるだ。
58 アン 待って。
59 マイク お願いです、見逃して下さい。
60 ジョー (押さえつけて)まあまちな、警察は駅だ、ここにはこない。
61 アン (宙をさまようヘレンの手を自分の唇に当てて)先生よ。そんなに
      マイクが好き?全てをなげだしても?でも乗り越えて欲しい。マイ
      クと行っては駄目。
62 マイク 先生。
63 アン ボストンの目の見えない子供達が、あなたの話を聞きたいって待っ
      てる。ニューヨークのスラムの黒人があなたの励ましを待ってい
      る。
64 ヘレン ……。
65 アン あなたここでマイク助けられる?幸せに出来る?徴兵拒否で警察に
      追われているの。あなたが足手まといになってみんなにつかまった
      ら二人とも殺されてしまうわ。
66 ヘレン (アンを叩く。)
67 アン たたいた。ヘレンが私を叩いた。30年ぶりね。(たたき返す)
68 パーシー 先生!
69 ヘレン あああ。
70 アン 何故しゃべらないの。あなたはしゃべれるはずよ。
71 ヘレン うあああ、ああ。(指文字を使う、もどかしく、いらだっている)
72 パーシー 奥様があんまり攻めたんでしゃべれなくなっただ。なんて言ってる
      だ?
73 ジョー (通訳する。)あなたはすぐそうやって私をぶつ。小さい時は納得
      したわ。でも今は、今は、あなたが、にくい。私の
74 パーシー 私の。
75 ジョー じゃまをしないで。
76 アン (ヘレンの手を唇に取り話しかける。)じゃまをする?(遠い汽
     笛。舞台は暗くなり2人とジョーの姿のみ浮かび上がる。汽車の走
     る音)あれは私があなたのじゃまをしたって言うの。あなた、30
     年前ここで起きたことを良く思い出して、考えてご覧なさい。そし
     てあなたにも、考えてもらいたいの。

第3場 現代A 転換の間

77 大尉 30年前ってなんだ。
78 ケート サリバン先生が初めてここに来た年。でもあなた、あんな乱暴な娘
     は追い返せと、いって。
79 大尉 「2週間だけ」とヘレンをあずけたんだ。

第4場 30年前のケラー家
第1景 卵の殻

汽笛の音高く。くるりと回って二人がコートを脱ぐと、横断幕もなく場面は一気に30年前。
1887年3月20日。ケラー家の井戸はツタもなく光っている。
幼き日のヘレン6才、マーサ6才、ケート23才、サリバン20才。

大尉48才、パーシー50才。黒人の農婦達。
ヘレンがコートで遊んでいる。

80 ヘレン うおおおお。
81 アン なんにもわからないのね、あんたは。
82 ヘレン (コートを奪われて怒る)うおお。
83 マーサ お嬢様あ。(ヘレンに人形を渡す)
84 ケート ヘレン変わってないわ。
85 大尉 今日で終わりか。
86 マート (ヘレン、人形の首をもぎ取り振り回す。)ああ。(逃げる)
87 ヘレン うおああ。(追いかけるが見事にすっ飛ぶ)ああ。
88 みんな お嬢様!
89 マーサ 大丈夫?
90 ヘレン うおおお。(マーサを殴る)
91 ケート はあい、いちごのキャンディよ。ほら、イチゴのキャンディ。
92 アン いけません。
93 大尉 あなたのものいいには、我慢ができん。お帰り下さい。
94 ケート ヘレンを返して下さい。ボストン行きの切符はもう用意してありま
     すわ。
95 アン まだ言葉がわかってないんです。
96 ケート 言葉?
97 マーサ 先生、指で言葉教えてるだ、おらも、習いてえだ。
98 アン 言葉があれば気持ちが伝わります。
99 大尉 ヘレンはわしの気持ちならわかる!
100 ヘレン (マーサの頭上に、はさみをかかげる。)うぉう。
101 マーサ あ、やめて。髪の毛切るのはやめてけれだ。お嬢様、やめるだあ、
      髪の毛切るな、ああ、髪の毛切るな。切るなあ〜!
102 パーシー お嬢様、お嬢様。
103 ヘレン ウォー。(切り落とす)うおおう。うおおう。
104 パーシー 奥様、お嬢様がマーサの髪の毛を、
105 ケート 黒人の髪の毛なんてどうせまたはえてきます。
106 アン (ヘレンに)髪の毛切ってはいけない。駄目なの。駄目。
107 マーサ へん。お嬢様覚悟。(はさみを取りヘレンの髪を切る。)
108 ヘレン あはは。
109 ケート マーサ!
110 パーシー (マーサを捕まえて、頭をさげさせる)謝るんだ。
111 大尉 子供とはいえ黒人があ。
112 パーシー 申し訳ございません。
113 アン (ヘレンに)あなたが悪いのよ。マーサに謝りまさい。
114 ヘレン うぉぉ。(押さえつけていたアンをたたく)
115 アン わかりなさい。(たたきかえす)
116 大尉  娘に何をする。(アンに、つかみかかる)
117 ケート わたしたちのヘレンなんですから。
118 アン あんがたのヘレンなら、なぜこんな狼のままほっておいたんです
     か。
119 ケート この子が、目も耳もきかないとわかってから、わたしと主人がどん
     なに苦労してきたかあなたに分かりますか。
120 アン 目の見えなくなる恐怖ならあたしにも分かります。9回も目の手術
     をしたんですから。パーシー、卵持ってきて。
121 ケート あなたとは違う、耳も駄目なんです。今こうしていても、この子は
     私がいることすらわからないんですよ。
122 アン だから言葉が必要なんです。それをあなたはすぐじゃましてしま
     う。約束の時間までは、やらせて下さい。
123 パーシー (戻ってきて、アンに卵を渡す)卵だよ。
124 ケート 卵なんてまたつぶしちゃいます。つぶさない……
125 アン (ヘレンの手に)さあ、これが最後よ。EGG。エッグ。
126 マーサ E?
127 アン (ヘレン、綴り返す)そうEGG。
128 ヘレン ああ!?
129 アン うごくの。
130 ヘレン ああ〜あ。
131 アン つついているのがわかる?
132 マーサ ひよこが生まれるだ。
133 ケート ひびが入った。
134 アン 穴があいた。
135 マーサ くちばしだ!
136 ヘレン ああああ。
137 ケート くすぐったいの。
138 みんな でてきた。でてきた。でたあ。
139 アン なに?
140 マーサ へびだあ。
141 アン パーシー、何持ってきたの。
142 ヘレン 蛇の卵だ。
143 アン なんで。
144 パーシー おらの趣味だ。
145 アン あたいは鶏の
146 パーシー 命はみんな大切じゃ。偏見はいかん。
147 ヘレン はああ、ふあああ。
148 ケート ヘレン、気に入ったみたい。
149 パーシー お嬢様、いつか殻から出てこれますだよ。
150 アン 蛇で生まれ変われるかな。
151 ケート でもあんなに楽しそう。
152 ケラー (ポールの後ろに下がっていて)わしゃ蛇嫌いじゃ。わかってるだ
     ろ。
153 アン (ヘレンに指文字を教える。)S・N・A・K・E、スネーク。
154 パーシー スネーク。
155 アン (ヘレンはEGGと綴り返す)EGGじゃないの。SNAKE。卵
     からでたらSNAKE。違う。こっちはにょろにょろ動いてる。E
     GGはこの殻のほう。
156 マーサ 殻は
157 パーシー EGGだ。
158 マーサ EGGは
159 パーシー 殻だ。
160 アン 違う。中にはいってた時がEGGで。こっちはSNAKE。
161 ヘレン うう。
162 アン EGGがにょろにょろうごいてるんじゃないの。あのね。ああ。
163 ヘレン わああおうう。(ヘレン、へびを投げ飛ばす)
164 アン 何すんの。いくら蛇だってかわいそうでしょ。
165 パーシー へびの赤ちゃん、死んだ。ほら。
166 ヘレン (死に触れて)……。うう。うわわう。うわわわあ。あああ。う。
167 アン マーサ、水。(ヘレンを井戸に連れていく)頭を冷やしなさい。
168 マーサ はい。
169 アン 落ち着いた?あんた水が好きだね。はい、WATER。いい、WA
     TER。(ヘレン、指で繰り返すのを見て)WATER、そう、W
     ATER。でもあんたには、なんの意味もない。
170 大尉 先生、今日まで二週間、ありがとうございました。
171 ケート 食事の作法を覚えられただけでも、私には十分ですわ。
172 アン わかりました、ボストンに帰ります。
173 ヘレン うおうおう。うおうおう。うおうおう。
174 ケート ……。ウォーターっていってる。この子1つの時に言えたの。ウォ
     ーターって。
175 パーシー みんなあ。(人形投げ捨ててみんなを呼びに行く)
176 マーサ お嬢様。(人形がヘレンに渡る。)
177 ヘレン ああ。おおおおおおう。(ヘレン、人形をたたく。)
178 アン DOLL、ドール。(ヘレン、地を叩く)GROUND、グラウン
     ド。MAMA。ママ。MAMA。ママ。
179 ケート ママって書いてるの?
180 アン ええ。PAPA。パパ。
181 召使達 お嬢様。
182 アン TREE、ツリー。(退場、声が聞こえてくる。)ROOT、ルー
     ツ。
183 ケート ママっ書いた。ママって。
184 ケラー パパって言った。
185 マーサ お嬢様の殻が破れただ。
186 パーシー 蛇の赤ちゃん、無駄死にでねかったあ。(みんな、退場)

あたりが暗くなりはじめる。転換。

第5場 現代B 転換の間に

ケートと大尉。

187 大尉 ウォーター、言葉の発見だ。先生は神様だな。
188 ケート 神様?
189 大尉 指の形が、ものの名前になるんだ。これがパパ。
190 ケート 先生は字も教えてくれた。単語が二つだけの手紙くれたの覚えて
     る。
191 大尉 ああ、みんな、ありがとう。だっけ。
192 ケート いいえ、ヘレン、キュート。
193 大尉 誰が教えたんだそんな言葉?
194 ケート 先生。先生北部の大都会ボストンのパーキンズ盲学校にヘレンを連
     れていったわ。
195 大尉 パーキンズ盲学校。
196 ケート ほら、ヘレンが新聞社に手紙を書いてお金を集めたことあったじゃ
     ない。

舞台にパーキンズ盲学校の一室が作られる。ジョー、ホプキン、子ども達。
ティミー。ホプキンがティミーに話しかけようとしているが拒否されている。

197 ケート 「目が見えなくてお父さんお母さんに捨てられた、ティミーちゃん
     を助けて下さい。」って。
198 大尉 思い出した。その子にあいにヘレンは行ったんだ。
199 ケート いいえ。音声学の先生に、あいに行ったんです。

第6場 28年前 パーキンズ盲学校
第1景 発声法

200 ジョー この子は親に捨てられて心を閉ざしたんですね。
201 ホプキン ヘレンが来てから、ここの子供達も変わってきました。ヘレンがも
     し声をだすようにになったらきっとこの子も……。
202 ジョー 待って下さい。無理に声を出させようとすれば、この子同様、ヘレ
     ンも心を閉ざしてしまいますよ。
203 アン ヘレンならきっと乗り越えられます。
204 ジョー 指文字で気持ちを表現できる。それで十分じゃないですか。
205 アン それでは普通の人と話をすることが出来ません。先生の大学にロー
     ラという子がいたはずです。
206 ジョー ローラは3才の時まで耳が聞こえていました。
207 アン 話せるようになったんですね。
208 ジョー ですからたしかに、理屈の上では、できるんですが。
209 アン どんな方法で?
210 ジョー のどと口に手をあてて、やめましょう。ローラの声は
211 アン のどと口に手をあててどうするんですか。
212 ジョー ですから、理屈の上では、
213 アン はい。
214 ジョー 声が出るときどこがどう振動するかを覚えさせて、
215 アン わかりました。
216 ジョー ……。
217 アン 何から始めればいいんですか。
218 ジョー 理屈の上では、M、からです。
219 アン M。
220 ジョー それじゃ分からない。喉に親指を当てて、人差し指は唇。はっきり
と口を開けて。
221 アン M。
222 ジョー 小さい声じゃダメ。理屈の上では、空気の振動を伝えて。
223 アン M。
224 ジョー 違う。(ヘレンの手をつかまえる。ヘレン、どきっとする。ジョ
     ー、ふたたび手を捕まえて、指文字で話したあと)こう、M。
225 アン M。
226 ヘレン …
227 ジョー 理屈から言えばもう一度です。
228 アン M。
229 ヘレン …
230 ジョー 理屈から言えば音が出たとしても、聴きやすい声ではない。この子
231 に天使の姿をみている世間が許しませんよ。
232 アン 何か別な方法は。
233 ジョー 喉の中に手をいれ、舌の位置を覚えさせるんです。
234 アン 舌の位置はここよ。う。(指文字で)舌がここ。(のどに手を入れ
     させて)M
235 ヘレン ……!
236 ジョー 理屈の上ではもう一度。
237 アン M。
238 ヘレン ……。
239 ジョー 舌の付け根に触らせるんだ。
240 アン うううお。
241 ジョー 君ががんばるしかないんだ。
242 アン はい。M。
243 ジョー 息をしっかりだして。
244 アン M。
 
訓練の中、暗くなっていく。

第2景 パーキンズ盲学校創立記念祭 開演前

明るい朝。発表会場。大尉、ケート、パーシー、登場。一方では転換。

245 大尉 ここでいいんだよ。
246 ケート たしかにこのホールでまってて下さいって。
247 大尉 あの人たちは新聞記者かな。
248 ケート 手をふらないで。ヘレンが書いた童話で私たちまた有名人になって
     居るんですから。みっともない事しない。
249 大尉 半年間長かったな。
250 ケート 嫁にだすってこういう事かしら。マーサ、どこいってたの。ここに
     居なさい。
251 マーサ 大騒ぎしてるだよ。うまく行かないかもしれねえって。
252 大尉 なんだって。
253 マーサ 太陽が逃げたって。(はあ?)ティミーちゃん泣いてるとか、声が
     出ないとか、
254 ケート あなた。

ケラー一家、校長、登場

255 校長 ケラー大尉も奥様も良くいらっしゃいました。
256 ケート 校長先生、娘は?
257 校長 まあ、どうぞおかけ下さい。
258 ホプキン 召使いさんですね。あなたにぴったりの役があるの。来てくれる。
259 マーサ あのう奥様。
260 パーシー マーサ、こっちにこい。
261 ホプキン あなたも来て下さい。
262 パーシー はあ?
263 ホプキン 奥様、二人をお借りします。

マーサとパーシーをつれて、ホプキン、退場。アンが登場。

264 アン ご両親ならびに新聞記者の皆様、パーキンズ盲学校創立60周年記
     念祭によくおいで下さいました。あたいは、あ、私はこの学校で育
     てていただいた事を誇りに思っています。ご恩返しに校長先生にさ
     さげます。私の、私のヘレンが書いた、「氷の王女様」

第3景 「氷の王女様」

楽器を持つ教師達の演奏にのって、盲学校の子供達が出てくる。

265 子供 (歌)北の果ての 雪に閉ざされた国。
266 子供 (歌)氷でできた美しい城。
267 子供 そこには冷たい心の氷の王女様がすんでいました。
268 子供 氷の王女様は、とても恐ろしい人で
269 子供 気に入らないものがあれば、すぐに凍らせてしまうのです。
270 子供 あ、王女様がきたあ。氷の王女様だあ。

子供達隠れる。ヘレン登場。訓練された見事な歩幅と時間感覚。
ヘレンの行動がはずれた時、周りが必死に補正する。

271 ヘレン ……。……。ううう。わう。わう。わわわわわあわあたしは、つめ
     ーたいころろの持ちぬーしだあああ。よわあい、……?ああ…
272 ケート しゃべった。
273 ヘレン 弱いものは嫌いだ。えい〜。えい〜。おまあたちも〜。
274 子供 うわあああ。助けてえ。
275 ヘレン えい〜っ。
276 子供 子供は、凍り付きました。
277 ヘレン えい〜っ。えい〜っ。(次々と凍り付いていく。)どうしたあ。
278 子供 みんな砕け散ってしまいました。
279 ヘレン あえもいなあい。ああ。(空を見上げる)
280 子供 空も凍り付いて
281 子供 しんと静まり返っていました。
282 語り 王女様は悲しくなって城を抜け出し
283 語り 春の国に向かいました。(クラリネットの音で行進)
284 語り 春の国では花が咲き乱れていました。(花達と一緒にティミーが連
     れてこられる)
285 語り そこに王女様が北風に乗ってあらわれると、
286 ヘレン ふわあ。
287 語り 春の国もたちまち凍り付いてしまいました。
288 ヘレン もう、もう、ひろりぼっちは、いやあだあ。
289 語り 涙も凍りました。
290 ヘレン ……。
291 パーマーシ (ヘレンの背後から、光が射してくる。)とかしてあげようか?
292 語り 真っ暗な闇の中に、一筋の光が射して来ました。
293 パーシー とかすのは太陽のお仕事だ?(太陽の格好をして登場)♪おらは太
     陽だ?
294 マーサ (太陽で登場)♪私も太陽だ。
295 二人 二人は太陽だ。みんなの心も温めてあげよう。ポッカポカのぽっぽ
     っぽー。ぽーっ。(みんながとけてゆく。氷の王女様はティミーを
     融かそうと懸命である。)
296 子供 (歌)緑の風が吹いてきて ダイヤモンドの日の光。
297 子供 水だ。水だよ。
298 子供 (歌)雪も氷も溶けていく 雪も氷も溶けていく。
299 ティミー (ティミーのつぼみがほころび出す。小声で)あったかい。
300 ヘレン …きれいああ。
301 ホプキン ティミーが笑ったあ。
302 校長 ヘレンのおかげだ。
303 ジョー ヘレンが太陽なんですよ。
304 子供 王女様は、あまりの美しさに涙を流しました。
305 語り 手がとけました。足もとけました。
306 語り 融けていきながら、王女様は幸せでした。
307 子供 だってあんなに喜んでいるんですもの。
308 ティミー あったかあい。あったかあい。
309 全員 (歌)王女様の心はエメラルド色のかすみになって、大空に広がっ
     て行きました。

第4景 賞賛

大きな拍手が響きわたる。

310 ホプキン ヘレンありがとう。ティミー。(ティミーを抱き寄せる。)

融けていたヘレンが起きあがる。人々、注目。

311 ヘレン おあああん。
312 ケート ヘレン!
313 ヘレン おああさん。わたしのおえ、ちゃんといおえあ?
314 ケート 聞こえたわよ。
315 ヘレン はなし方、おあい、くない?
316 ケート すてきな声よ。
317 ヘレン ばっちり?
318 ケート ばっちりよ。
319 ヘレン ぐー?
320 ケート ぐーよ。
321 ケラー 良くやった。
322 ケート 先生、ありがとうございました。
323 アン 半年間、よく我慢して下さいました。
324 ホプキン みんな良くやったわ。さあ、向こうでパーティよ。
325 子供達 わあい。(子供達も客も解散)
326 ホプキン さ、お父さまも、お母さまもあちらの応接室へどうぞ。
327 校長 何度聞いても素晴らしい童話だ。自分が融けて人を助けるんだから
     な。
328 ホプキン ええ。ティミーだって、おおおおお。

退場。アン、ヘレン、ジョー、残る。

第5景 三人の喜び

329 アン (ヘレンに)はい、お水。
330 ヘレン うん。(飲む)
331 ジョー 血をはいてまで、頑張ったかいがあったな。
332 アン ヘレンが頑張ったんです。
333 ヘレン ジョーえんえい、そばにきた?
334 アン ええ。
335 ヘレン えんえいの、みゃく、速くなった。
336 アン まあ。
337 ヘレン 何故かなあ。
338 アン 何でもないの。
339 ヘレン せんせい、しょうじきになれ。
340 アン え?
341 ヘレン ジョーえんえい、きこえてる?
342 ジョー なんだい?
343 ヘレン サリバンえんえい毎晩、寝言言ってたあ。ジョー、ジョーって。
344 アン あなたに聞こえる分けないでしょ!(ヘレンを捕まえ退場させる)
345 ジョー 大丈夫かな?
346 アン あの子はこの建物の中なら一人で歩けます。
347 ジョー これからのヘレンが楽しみだな。
348 アン ええ。
349 ジョー 君と一緒に、見守りたいなあ。
350 アン 一緒に見守る?
351 ジョー 理屈に反するけれど、ヘレンの言うとおり、僕は君と、……理屈の
     上ではおかしいけれど……。
352 アン 理屈はもう、いらないわ。
353 ジョー ササササササ、サリバ……
354 アン アニーで。
355 ジョー アアニアニアニ

第6景 剽窃の発覚

ホプキン、本を持って戻ってくる。

356 ホプキン アニー、アニー、新聞記者が大騒ぎしているわ。
357 アン え?
358 ホプキン ヘレンの童話は盗作だって。
359 アン え?
360 ホプキン マーゼンタ・キャンビーの「氷の妖精」の盗作だって。
361 アン 「氷の妖精」?
362 ホプキン ヘレンの童話はもう学校の年次報告書にもメンター新聞にもガゼッ
     トにも発表したのよ。盗作だなんて事になったら。とにかく早く来
     て。

ホプキン、アンとジョー、退場。雷。暗くなる。雨。

第7景 会議室

冷たい会議室。査問委員がヘレンを囲んでいる。

363 委員3 もう一度聞くけれど点字でない本はどうやって読むの。
364 ヘレン えんえいが……。
365 委員3 「氷の妖精」読んでもらったわね。
366 ヘレン (首を横に振って)んんん。
367 委員1 じゃ何故君が書いた「氷の王女様」が「氷の妖精」とそっくりなん
     だ。
368 ヘレン ああ
369 委員3 盗作は本当に恥ずかしい行為なのよ。
370 ヘレン あああ
371 委員1 盗んだんだろ。
372 委員3 同じ言葉がいっぱいあるの、緑の風にダイヤモンドの日の光。エメ
     ラルドの霞。その言葉はどうやって書いたの。
373 ヘレン いうんえ(自分で)
374 委員2 これなんの花?(百合をもってきて)
375 ヘレン (匂いをかいで)百合。
376 委員2 何色?
377 ヘレン 白。
378 委員2 なぜ?
379 ヘレン …
380 委員2 この百合は黄色よ。
381 ヘレン ……。
382 委員2 あなたのお話はきれいな色であふれている。先生が教えてくれたの
     よね。あなたの頭の中は、みんなサリバン先生の言葉よね。
383 ヘレン ……う。
384 委員2 先生が好きなことあなた好きでしょ。あなたは先生の手によってで
     しか世界をつかめない。あなたには自分でものを知る力も、書く力
     も、考える力も、つまりあなたには自分がないのよ。あなたはサリ
     バンのおもちゃ、サリバンのヘレンなのよ。(雷鳴)
385 ヘレン うううう。
386 委員1 サリバンが自分の名声を高めるために読んで君に書かせた。そうだ
     ろう。
387 ヘレン あああ、ああああ……
388 委員1 嘘をつくんじゃない。
389 ホプキン やめて下さい。この子が悪い訳じゃありません。
390 委員4 校長、サリバンを追放して下さい。私たちも世間から白い目で見ら
     れて居るんですから。
391 校長 愛弟子に、裏切られた私の悔しさが分かるか。ヘレンとサリバンに
     は、この学校から出ていって貰おう。

ヘレンのまわりは悪魔のように動く。ヘレンの姿が見えたまま。

第8景 泉。

会議室裏手の泉。ケート、サリバン、ジョー、大尉、マーサ。

392 ヘレン わたしはだれなの。
393 ケート あなたは私の子。私のヘレン。
394 マーサ わたしはだれなの。
395 マーパーシ ああ、お嬢様は太陽だよ。お嬢様はおらをてらす太陽だよ。
396 ヘレン わたしを見てる?
397 マーサ お嬢様の泣き顔見てる。
398 ヘレン マーサの目も見えなくなればいい。(目をつぶしにかかる)
399 マーサ あああ!
400 アン マーサの目もですって!なんて事言うの!(ヘレンを抱えて、滝の
     中にすわらせる。)頭をひやしなさい。
401 ヘレン あああ。
402 アン 私が昨日あんたに、滝にいろんな色の落ち葉が落ちてくる、といっ
     たらあんたなんて答えた。
403 ヘレン 虹のスカーフを滝がつけようとしている。
404 アン そう。あんたねえ、あんたは、私が言ったことを、すぐに表現す
     る、しかもすごいひらめきで。私以上の想像力で。あなたには言葉
     の泉があるの、私を越えるひらめきが。あなたは目と耳以外は、ほ
     かの人以上の力を持っているのよ。しっかりしなさい。目や耳が悪
     いぐらいでいい気になるな。
405 ヘレン ……。ああ。
406 アン ……。

ヘレン、泉の水を飲む。

407 ケート 泉の水を!
408 ヘレン えんえい、
409 アン はい
410 ヘレン 勉強したい。
411 アン うん。
412 ヘレン 自分をさがう。
413 アン うん。
414 ヘレン 負けない。
415 アン うん。
416 ヘレン 大学に行う?
417 アン 大学に!?
418 ヘレン 大学に行く。
419 みんな 大学に!?
420 マーサ 大学かあ、いけばいいだよ。大学いくだ。一番の大学いけばいいだ
     あ(滝に入って水かけて遊び始める)
421 パーシー 大学かあ。
422 ヘレン 大学。
423 ケラー みんな何もわかっとらん、目と耳が不自由なヘレンが大学。はは
     は。
424 ケート あがりなさい。
425 大尉 なにもわかっとらん。
426 ケート 泣いてるの、あなた。
427 大尉 ないとらん。泉の水だ。
428 パーシー お嬢様は太陽だあ。負けねえだもん。

はしゃぐマーサを残して、溶暗。マーサ退場しながら歌い続ける。

429 マーサ おらの太陽は 沈むけれど 鳥の声で 目が覚める
     きらめく光と 冷たい水が おらの心に ひびく

トランペットが歌を引き継ぎ、溶暗。

第7場 現代C 転換の間に

ケートと大尉。

430 大尉 思い出すな。あれからヘレンはトントン拍子。
431 ケート 何言ってんの、あなたそこで死んじゃったじゃない。
432 大尉 わし?
433 ケート ヘレンが大学はいる前。
434 大尉 はあ。
435 ケート さびしい?
436 大尉 あの事件はどうなったんだ。あの、ダイク……
437 ケート マイク・フェイガン。
438 大尉 ヘレンと逃げることが出来たのか。
439 ケート いいえ、でも、ヘレンの子どもの頃の話、熱心に聞いていたわ。

第8場 現在のケラー家 A
第1景 マーサは?

場面は元の現実シーン。パーシーがナイフでオレンジをむきながら、歌っている。

440 パーシー おらの太陽は 沈むけれど 鳥の声で 目が覚める
441 ジョー アメリカ一のハーバード大学、ヘレンは実力で入った。
442 アン 勉強は私が指で全部通訳して手伝ったの。ラテン語もフランス語も
443 ジョー 受験から卒業までな。
444 アン 私が資料を集めて、ヘレンが初めて本を出したのは、まだ大学にい
     た頃。あの頃が一番楽しかった。
445 ジョー 3000ドルの原稿料か。
446 マイク 3000ドル!
447 アン 家も買えたし、式も挙げられた。ウェディング・ケーキをヘレンが
     焼こうとしたら、奥様、「ヘレンに火を使わせるの。」と叫び出す
     し、パーシーは笑ういだすし
448 パーシー マーサすごかった「お嬢様、何度火事だす気だ。」ってな。
449 ヘレン あーあ、あーあ。
450 アン パーシー、マーサどこ。見かけないから気になっていたの。
451 パーシー いねえだよ。
452 ヘレン ……?
453 パーシー でていっただ。
454 ヘレン ……?

軍楽隊の音が近づいてくる。緊張する人々。

455 マイク やつらが戻ってくる。(ナイフをパーシーから取り上げ、ヘレンを
     奪う)
456 アン ヘレンを守っていけるつもり?
457 マイク 指文字ならもう負けません。
458 ジョー ヘレンと一緒にいることは十字架を背負う事だぞ。
459 マイク 十字架?
460 アン ……
461 マイク ヘレンを苦しめていたのはあなた方のそんな目じゃないんですか。
     さようなら。
462 パーシー 待って下せえ。もう二度とお嬢様にあえねえのなら言っておきてえ
     ことがあるだ。
463 マイク どけ。(もみ合う。ナイフを落とす)
464 パーシー マーサのことだ。
465 アン 言わせてあげて!(ナイフはジョーの手に)
466 パーシー (ヘレンの手を口に当て)5年めえ、離れから火事出てな、マー
サ、お嬢様の使ってた人形取りにいって、火に巻かれて目と喉やら
     れただ。
467 アン 目と喉……。
468 パーシー 声、でねくなっちまった。したら奥様、『目も見えねえしゃべれね
     え黒人なんざいらねえ』って、追い出しただ。
469 アン マーサ今どこ?
470 パーシー どっかでおっちんじまったよ、きっと。おらたちゃ黒人は、目見え
     なくなったらおしめえだ。おらたちゃ子沢山で栄養とれねえから、
     みんな目や耳悪くしてそいつらみんなおっちんじまうだ。お嬢様、
     おらに聞かせてくれ。北部の講演会で「私は黒人のおっぱいをのん
     で育ちました」ってみんなをはげましたんだってな。おらにも聞か
     せてけれ。
471 ジョー 俺も君に講演を続けてもらいたいな。おれはヨーロッパの西部戦線
     にいた。地獄だった。目の前で兵士の足が飛び散るんだ。体がなく
     なって鉄条網に腕だけぶら下がっているんだ。頭が割れて、雨の中
     に真っ赤な血が流れ込んでいく。毒ガスまで使いやがって、俺も肺
     をやられて帰ってきた。ヘレン、君が講演していたように戦場で目
     が見えなくなったり耳が聞こえなくなったやつがいっぱいいたよ。
472 マイク 人を殺してからわかったんですか。
473 ジョー だがな戦争を終わらせるために戦争は必要なんだ。
474 マイク それは矛盾ですよ。
475 ジョー 変わらないな。半年前の、出版記念パーティの頃と同じだ。(ジョ
     ーを残して明かりが消えていく)もう一言言いたかった。俺達と同
     じ過ちを繰り返すな。

第9場 現代D 転換の間に

突然ダンス音楽。出版記念パーティ会場。ウェイトレスやボーイが登場。
音楽にあわせて楽しく会場を作っている。マイクがジョーに挨拶をしている。
ケートと大尉。

476 大尉 半年前って何だ。
477 ケート 半年前、ヘレンが久しぶりに本を出したの。そのお祝い。本を書く
     のを手伝ったのが、あのマイク・フェイガンなのよ。
478 大尉 先生は?
479 ケート 肺結核で半年も病院がよい。
480 大尉 はー、あのやんちゃで丈夫そうな娘が。
481 ケート だって30年もヘレンの目と耳をかねていたんですもの。

第10場 半年前 出版記念パーティ
第1景 マイクとジョー

突然ダンス音楽。出版記念パーティ会場。ウェイトレスやボーイが登場。
音楽にあわせて楽しく会場を作っている。マイクがジョーに挨拶をしている。

482 マイク これが今度の本「私の手」です。
483 ジョー ヘレンの特殊な感覚について書いている。理屈から言えば、これ
     は、久しぶりに売れるな。
484 マイク ぼくは前の本の方が好きです。
485 ジョー あれはだめだ。戦争に反対します?
486 マイク いけませんか。
487 ジョー ドイツは罪もない民間船を沈めた。
488 マイク ドイツの中にも立派な労働者が居る。
489 ジョー はん、ドイツ人がどんな人間かこの目でみてきてやる。
490 マイク 志願するんですか。
491 ジョー 俺は見た物だけを信じる。
492 マイク やめて下さい。
493 ジョー 君にも召集令状が来るぞ。
494 マイク 断ります。
495 ジョー 徴兵拒否か?
496 マイク たとえ拷問にあうとしても、僕は理想をすてません。
497 ジョー 平和のための戦争を否定するのか。
498 マイク 平和のために人を殺すんですか。それは矛盾です。

音楽再び。ヘレン、サリバンと登場。

499 アン 大きなシャンデリヤよ。
500 ジョー やっと、登場だ。

ボーイに連れられて、他の新聞記者も集まってくる。

501 ボーイ みなさんこちらです。
502 記者達 今日はおめでとうございます。
503 アン みなさん、ありがとうございます。じゃ、そちらで。
504 ヘレン (床にふれている)先生、聞こえるの。足から音が響いてくる。
     (音楽、最高潮に)先生、教えて。
505 アン みなさん、いいかしら。
506 記者達 ヘレン・ケラーが踊る!踊る!それは是非!
507 アン (ヘレンにリズムを送りながら)そう。ワン・ツー・スリー。
508 ヘレン ワン・ツー・スリー。

アン、ヘレンの足に合図をおくる。ヘレン、ステップを踏む。
記者達は写真を撮る。ヘレン、転びかけたところをマイクが助ける。

509 アン (体がつらそう)マイク、あなた踊れる?
510 マイク 少しだけなら。
511 アン 教えてあげて。
512 マイク はい。
513 記者5 あれが噂の男か。

マイク、ヘレンの手を取る。段々と、ステップがしっかりしてくる。
ダンスらしくなってくる。回りの人々も踊り出す。

514 マイク ワン・ツー・スリー。
515 ヘレン ワン・ツー・スリー。
516 みんな ワン・ツー・スリー。
517 みんな ヘレン・ヘレン・ヘレン。
518 マイク おっとっと。(よろけた所を、アンが回して、ヘレンがターン)す
     ごい。
519 ヘレン (三人で踊りだす。周りの人々にあたる明かりが落ちヘレン夢の中
     へ。)ワン・ツー・スリー。
520 アンマイク ワン・ツー・スリー。
521 ボーイ達 ヘ・レ・ン。ヘ・レ・ン。

ダンスパーティは最高潮。

522 ヘレン これがダンスなのね。
523 アン マイク、すごいわ。
524 マイク すてきですよ。
525 全員 へい。(踊りが決まり、明かりが元に戻る。)

第2景 インタビュー

526 記者達 素晴らしい。
527 アン いい記事が書けそうですか?
528 記者達 はい。
529 アン ではご質問をどうぞ。
530 記者1 ヘレン・ケラーさんがダンスを踊るなんて驚きました。
531 ヘレン 私は何にでも挑戦します。
532 記者1 戦争反対のデモに参加されたのも世の中に対する挑戦ですか。
533 ヘレン 誰もが傷ついてはいけないからです。
534 記者4 世界平和への最大の敵は何だと思ってらっしゃいますか。
535 ヘレン 人類そのものです。
536 記者達 あははは。
537 記者4 世界でもっとも愚図なものは?
538 ヘレン アメリカ政府です。(わらう記者、3、4。いらだつと記者1、5
もいる、ジョーはやめさせたがっている。)
539 記者3 もっとも馬鹿な人は
540 ヘレン それはもちろん大統領……う。(アンに押さえられる)
541 アン やめなさい。
542 ヘレン 先生、おしゃべりしすぎです。私の取材です。言いたいことは私に
     決めさせて。
543 記者1 ヘレン・ケラーさんは自分で考えているんですか。
544 ヘレン どういうことですか。
545 記者1 小さいときに童話を盗作したと聞きました。
546 アン あれはヘレンの作品です。ひとりぼっちはいやだ。ヘレンの作品で
     す。
547 記者1 本当に?
548 アン どんなにすばらしい作品だって、何かを下敷きに書いているんで
     す。
549 記者1 つまり誰かの考えを下敷きにした。
550 ヘレン 私は自分で考えてかきました。
551 記者1 ドイツ軍に金を送りましたね。
552 ヘレン 失明した兵士の治療に使って欲しかったので。
553 記者1 目も見えないあなたに、いい加減なことをして欲しくない。どうせ
     あなたの考えは誰かに吹き込まれたことでしかない。
554 記者5 ドイツの悪魔に金を送るなんてあなたはどうかしている。
555 ヘレン あなた達は目が見えないのですか。
556 記者5 目が見えない!
557 アン とにかくその話は。
558 ヘレン 先生、
559 アン ヘレン、おねがい、今は、う、(激しくせき込む。)
560 ヘレン 先生……。
561 ジョー ちょっと、失礼。大丈夫か。(ヘレンに)心配ない。(記者達に)
     みなさん、しばらくの間あちらで休憩をしていて下さい。(マイク
     に)ヘレンを頼む。いくぞ。(ジョー、アンを連れて退場。)
562 記者達 ちょっと待って下さい。
563 マイク (殺到する新聞記者達をマイクが押さえる。)記者会見はおしまい
     だ。帰れ!なんだ君らは。それでもインテリの端くれなのか。恥を
     知れ。
564 記者達 なんだと。おい、帰ろう。

記者達、退場。

第3景 二人

二人、残る。

565 マイク (指文字で話しかける)
566 ヘレン 唇から。
567 マイク (唇をハンカチで拭いてからヘレンの手を口に)よく言ってくれま
した。
568 ヘレン みんな怒っていた。
569 マイク 気にすることはない。奴ら、みんな金で動いている。戦争が大きく
     なれば、つらい目にあうのは僕ら労働者です。
570 ヘレン 弱い人がいつも苦しむのよ。
571 マイク 世界の労働者は手をつながなきゃいけない。僕らが手をつないで、
     ゼネラルストライキを敢行すれば、戦争はなくなります。革命です
     よ。
572 ヘレン 革命!
573 マイク 力を貸して下さい。
574 ヘレン 私が講演するのね。
575 マイク デモもストライキも。あなたがいれば、世界が動いてくれる。
576 ヘレン 私が力になれる。
577 マイク ええ。
578 ヘレン サリバン先生が読んでくれない本があるの。
579 マイク なんですか?
580 ヘレン マルクスとレーニンの本。
581 マイク 僕が通訳します。
582 ヘレン あなたにできる。
583 マイク 先生が居なくたって。
584 ヘレン 駄目。先生が居なくなったら暗闇の中に戻ってしまうもの。
585 マイク 僕では……。
586 ヘレン 誰がどんな服を着てどんな羽根飾りをしているのか指で教えてくれ
るの、だから世界が見えるの。
587 マイク 僕にやらせて下さい。
588 ヘレン ううん。
589 マイク ずっと側にいたいんです。
590 ヘレン え?
591 マイク あの時にそう思いました。ライ病患者の病院を一緒にまわった時、
     周りの人が止めたのに患者さんを抱きしめました。患者さん泣いて
     喜んだ。
592 ヘレン 苦しんでらしたから。
593 マイク 何故そんなことが出来た?
594 ヘレン 目が見えない私、手で触れるしかできないじゃない。あの人の悲し
     さ優しさ、手に残っているわ。
595 マイク ……(指でつづる)
596 ヘレン え?
597 マイク ……(もう一度指で)
598 ヘレン あいしてる…!
599 マイク 結婚して下さい。
600 ヘレン ……。
601 マイク 僕が嫌いですか。
602 ヘレン 好きよえも、それは、あああが秘書としてよくやってくれているか
     らで!……だ、だって、あなたには、きっといつかわあい、普通の
     人があらわれえ。わたしはあなたに、なにもして、あえられない。
     私はあなたのおにもつに、なっていあう。
603 マイク 僕は、(ヘレン、マイクをぶつ)……。(出口の方へ)
604 ヘレン …ほんとうに……わたしでいいの。
605 マイク 僕でいいのなら。
606 ヘレン ああい寝相悪いから蹴っちゃうあもしれないあよ。
607 マイク 僕は蹴られ強いですから。
608 ヘレン 蹴られうおいの?
609 マイク ええ。
610 ヘレン 怪我したときにはこれ使って。
611 マイク はい。
612 ヘレン 早速えんえいに。
613 マイク 先生にはしばらくの間秘密にしましょう。
614 ヘレン 喜んでくれるわ。
615 マイク あなたのお母さんが反対します。
616 ヘレン 母は社会主義者が大嫌いなの。
617 マイク いつか説得します。だから今は。
618 ヘレン 二人だけのひみう。
619 マイク 秘密です。
620 ヘレン おみず飲みたい。
621 マイク はい。

第4景 亀裂

二人、退場。アンとジョー、登場。

622 アン ごめんなさい。あら、
623 ジョー おい、いい加減にしろ。今日は帰ろう、血を吐いたんだ。
624 アン ヘレンの出版記念パーティなのよ。
625 ジョー ヘレン、ヘレン、ヘレンって、一体君は、ヘレンのなんなんだ。ま
     るでヘレンの奴隷じゃないか。
626 アン やめてジョー。
627 ジョー ヘレンは何もわかっちゃいない。
628 アン ジョー。
629 ジョー ヘレンは君のことを引きづり回す。
630 アン ヘレンを見ていたいの。
631 ジョー 見せ物にされるヘレンをか。
632 アン いつかはヘレンが言うとおりに社会が動きます。
633 ジョー 希望的観測はやめろ。
634 アン ヘレンは、
635 ジョー ただの看板だったんだ。金持ちや慈善家どもに「谷間の百合」とち
     やほやされるだけのただの看板だったんだ。
636 アン おねがい。私の、私のヘレンを侮辱しないで。
637 ジョー 私のヘレン。まだ君はそんなことを言っているのか。僕は、君と結
     婚したんだ、ヘレンとじゃない。
638 アン 私たちを離そうとしないで。
639 ジョー ヘレンは何故三重苦から抜け出せたかわかるか。
640 アン 力があったからよ。
641 ジョー 違う。金があったからだ。南部の豪邸にすむ大金持ちのうちに生ま
     れ、君という優秀な家庭教師を生涯そばにつけとくだけの金があっ
     たからだ。
642 アン ジョー。
643 ジョー ヘレンは君の育ちとはまるで違うんだ。君は、君は、
644 アン そうよ。私は足の悪い弟とネズミだらけの施設で乞食の暮らしをし
     ながら、あちこち、物乞いをしてはい上がってきたわ。でもね、ジ
     ョー、ヘレンはそんな生活をしている盲人を救うために講演して回
     っているのよ。
645 ジョー (間)体を大切にしてくれ。
646 アン どこに行くの。
647 ジョー ヨーロッパで僕のやることがある。
648 アン あなたが銃を持って何になるの。そんな理屈だらけの頭で。
649 ジョー 結婚して、三人で馬に乗ったり、釣りをしたこともあったが、今は
     思っている。僕は人間と結婚したんじゃない。サリバンという学校
     と結婚したんだ。君は妻らしい妻になろうともしなかった。いつも
     ヘレンが第一だった。いつも不機嫌で、いらいらしていて。……。
     結婚は終わりだ。
650 アン ジョー。
651 ジョー ヘレンを支えてやってくれ。(退場)
652 アン ジョー。(追いかけて、追いかけてせき込み、倒れる。)

暗くなり始める。雨の音。ボーイたち、登場。

653 ボーイ 大丈夫ですか。
654 ウェイトレス すごい血!
655 ボーイ 医務室に行こう。そっちを頼む。
656 ウエイトレス しっかりして下さい。
657 アン 私にはジョーしかいないの。戻ってきて。

全員、退場。溶暗。雷。転換。

第11場 現代 転換の間に

ケートと大尉。

658 大尉 そんな事があったのか。わしゃなんかマイクの味方をしたくなっ
     た。
659 ケート 殺したい。
660 大尉 だってヘレンの幸せをおまえ考えんのか。
661 ケート まったくあなたは私がどんな苦労したか分かってないんだから。
662 大尉 おまえの苦労なんてどうせたいしたことはない。
663 ケート 何度あなたの背中からさしてやろうと思ったことか。
664 大尉 サリバン先生の旦那さんは、先生の事、しってたのか。
665 ケート 続きを見なさい。(退場)
666 大尉 ケーティ(追って退場)

第12場 現在のケラー家 B
第1景 マーサ。

夜の井戸端。

667 ジョー アニーが入院したのを聞いたのは、ヨーロッパの野戦病院のベッド
     の上だった。どうにもできなかった。ヘレン、どうする。逃げられ
     ないぞ。二人ともここで殺されちまうぞ。

変わり果てたマーサ、娘のサーミと、登場。

668 パーシー マーサ。マーサなのか。マーサだ、生きてた、マーサだ。
669 アン マーサ。(ヘレンに)マーサが戻ってきたのよ。
670 パーシー お嬢様だよ。神様、おらの太陽帰ってきた……。
671 ヘレン ああ。マーサ。(抱き合って再会を喜ぶ)
672 マーサ うあいえい、あああ。ああああ、ううういい。
673 アン ……。(しばらく口をきけないでいるが)言ってることが分かる
     の。
674 ヘレン 助けて。
675 サーミ おばちゃんしゃべれないけど言ってること分かるよ。一緒にサーカ
     スにいたから。おばちゃん見せ物になっていたんだよ。でも、サー
     カスつぶれちゃって、食えなくなったから乞食をしながら戻って来
     たんだ。おばちゃん悔しいんだよ。しゃべれないし、目も見えない
     から、誰も雇ってくれないんだ。
676 マーサ ううあああ。ああああ。
677 ジョー ヘレン、ここに残れ。マイクを逃がして君はお母さんの元に帰れ。
678 マイク 僕はヘレンを助けたいんです。
679 ジョー 何から助けるつもりだ。
680 マイク ヘレンを苦しめている……。
681 ジョー 苦しめているのは君だ。さっさとこの場からでていけ。

第2景 母とマイク

銃を持ったケート、銃を手にした隣人、登場。

682 ケート そうよ、出ていって。あなたはヘレンとは釣り合わない。
683 マイク おかあさん。
684 隣人 動くんじゃない。
685 ケート あなたはヘレンがいつもきれいな服を着ているのを見て、ブルジョ
     ア趣味だと非難した。何故、いつもきれいな服を着ているかわか
     る。障害をもっているからって人に馬鹿にされない為よ。あなたは
     ヘレンが分かってない。
686 マイク 目が見えないからみんなが同じに見えると、どんな服を着た人で
     も、黒人をも抱きしめることが出来る人です。(マーサ、思わず立
     ち上がる)
687 ケート マーサ!
688 マイク あなたは、その人、目が見えないからと追い出したんですね。本当
     にあなたはヘレンのお母さんなんですか。
689 ケート 死になさい。ヘレンが赤旗振り回したのも、大統領とやり合ったの
     もみんなあなたのせい。あなたは南北戦争の英雄だった主人とこの
     ケラー家の名誉を傷つけたの。今まで私がこの土地でどんなにつら
     い目にあって来たか、あなたにわかる?(軍楽隊の近づく音。あせ
     るケート。)みんなが来る前に死になさい。
690 ヘレン ああさん。(アンの手を逃れマイクにぶつかる。)
691 マイク ……。(ヘレンのスカーフをヘレンに手渡す。)
692 ケート ヘレン離れなさい。この男は私たちを壊してしまう。(撃つ。あた
     らない。)
693 ヘレン かあさん。
694 ケート 何故ここに来たの。私だって。私だってあなたが社会主義者でなけ
     れば、徴兵拒否なんかしなければ、でなければ。

第3景 ヘレンの講演。

とうとう軍楽隊が突入してくる。マグファイヤ、登場。

695 マグワイヤ 不良娘が見つかった。二人とも縛り首だ、
696 ケート 私が男を殺します。(撃つ。)だからヘレンは(また撃つ。)だか
     らヘレンだけは(また撃つ。)
697 ヘレン あええ、ああさん。
698 みんな あぶない。(ヘレン、中央に飛び出す。)
699 アン ヘレン!
700 ヘレン ああいあ、ええん……あ、た、し、は、なんなんなん、何にでもさ
     わってみます。みみみなさんは、仏教のお坊さんの頭に触ったこと
     ありますか。シカゴの万国博の時、タイの偉いお坊さんきました。
     つるつるしているというので触ってみたくてたまりませんでした。
     お願いしたら、どうぞと頭をつきだして下さいました。あったかく
     て、でこぼこしていて、かなりちくちくしてました。偉いお坊さん
     が言いました。『私の頭なでたのはあなたが初めてです。』叩いて
     みたらぽこぽこ言いました。
701 マグワイヤ なんだこれは?
702 ジョー 激励会の演説ですよ。
703 マグワイヤ 激励会の?
704 ジョー 明日の激励会の演説です。世界に有名なヘレン・ケラーの講演会で
     す。
705 ヘレン エジプトの包帯だらけのミイラにも触りました。包帯といえば、西
     部戦線に行って帰ってこられた、英雄の包帯にも触らせていただき
     ました。あの方は今度、上等兵から少尉になられるそうです。包帯
     は、きれいに右足に巻いてありました。左足はありませんでした。
     あの方はおっしゃいました、地雷で吹き飛ばされたが、もう痛くな
     い。でも、そのお隣のベッドの方が教えてくれました、夜中に痛
     い、痛いと泣いている。そのまたお隣の方は耳をやられ、そのまた
     お隣の方は、腕が片方とれて経過が良くないのか包帯の中は、うみ
     でどろどろになっていました。その方の胸から手の方へ触れってい
     くと……目が見えなくなった方も本当に沢山いらっしゃいました。
     戦争は、人を人でない物にしてしまうのです。

陸軍警察、客席に登場、ホイッスル。

706 警察 陸軍警察だ。そこからだれも動くな。マイク・フェイガンがいるは
     ずだ。
707 ヘレン 戦争はみにくい。
708 マグワイヤ なにい。
709 ヘレン 戦争に志願しようとする人は
710 マイク (飛び出す。)志願します。志願します。志願します。マイク・フ
     ェイガンです。マイク・フェイガンです。
711 ヘレン (この間ヘレンの台詞は進む)もう一度考え直して下さい。人は人
     を傷つけてはいけないのです。
712 マイク ヘレン・ケラーさんと僕は、いつも話していました。
713 ヘレン どんな戦争にも立ち向かわなければなりません。立ち向かわなけれ
     ば。立ち向かわなければ。
714 マイク どんな戦争にも胸を張って立ち向かわなければなりません。これ以
     上、アメリカ人を病院におくってはいけないのです。
715 ヘレン 平和のために働きましょう。平和のために。平和のために。
716 マイク 世界平和のために僕の力を使って下さい。
717 マグワイヤ よし。そういう話になっていたのか。
718 マイク はい。
719 マグワイヤ ヘレンが君を説得した。
720 マイク はい。
721 マグワイヤ さすが奇跡の天使だ。
722 マイク (ヘレンに)みんなわかってくれたよ。でももっと話さなきゃ。い
     つも話していた身近な戦争の話を。(全員に)志願兵マイク・フェ
     イガン行来ます。ヘレン・ケラーさんの話しの続きを聞いて下さ
     い。(駆け出す)
723 ジョー おい。
724 マイク メイヤー先生。ヘレン、守ってあげて下さいね。なんといっても、
     すてきな人ですから。(かけて退場)

ヘレン、気がつかずに演説を続けている。

725 ヘレン 私は、小さな頃、言葉をつかむために沢山戦いました。でもそれが
     どんなに嬉しい戦争か。そばにはいつも母が居てくれました。やさ
     しい母が。大きくなったときには先生が。無限のお礼を言います。
     足が無くなった方、目が見えなくなった方、喉をつぶした方、元気
     を出して下さい。私の指だってつりました。何度も喉は枯れまし
     た。頭は火をふきました。だって私は自分で今自分の出している音
     が分からないのです。私はこの障害を乗り越えて、でも……私の、
      この障害は乗り越えられるものなんかではありません。乗り越えら
     れるものなんかでは……。
     そう、私はこのみじかな戦いの中で生きていきます。私は誰の物で
     もない。私は私のヘレンなのですから。

726 マグワイヤ なんといっていいかわからないが、いい!障害を乗り越えてドイツ
     を倒せってことなんだ。あの男も志願した。
727 村人 さすが世界のヘレン・ケラーね。
728 村人 さすがアメリカのヘレン・ケラーよ。(人々の賞賛)
729 村人 アメリカのヘレンだ。
730 村人 世界のヘレンだ。(ヘレンに握手を求める人々)
731 村人 ヘレン、ヘレン、ヘレン。(まるでダンスの合いの手のように唱和
     する)

スネアーがなる。ダンス音楽が流れ込む。村人たち、
ダンス音楽にあわせて楽器をならしながら(音は出さない)意気揚々と退場。
残されたヘレンとアン。アンがマイクの志願をヘレンに伝える。
飛び出すヘレンをアン、押さえる。呆然とするヘレン。
ダンス音楽カットアウト。ピアノの音、はいる。

732 ヘレン ああ。(ヘレン、走り出す。パーシーがそのヘレンを押さえつけ
     る。)あいう。マイク……。
733 アン (ヘレンを押さえて)マイクの気持ちがわからないの。
734 ヘレン ……先生、みず。
735 アン はい。この井戸古くなって、水が出るかしら。
736 ヘレン はやく。
737 アン ええ。

ヘレンの手に水。ヘレン、うなりだす。走り回り、ほえる。

738 ヘレン うおー。うおー。

ケート、マグに水をくんでヘレンに手渡す。ヘレン、飲む。ヘレン、サリバンの腕をつかむ。

739 ヘレン 先生、私、せんせいを苦しめている?
740 アン いいえ私の人生、おもしろい人生よ。
741 ヘレン おもしろい。
742 アン いい人生よ。私にはあなたがあるもの。そしてあなたにはこれが。
     (ヘレンの手を取り、サリバンが指文字を書く。)
743 ヘレン ウォーター。

徐々に、力をみなぎらせてくるヘレンとサリバン。
見守るケートの側にいつの間にか大尉が登場。ぽんとケートの肩を叩く。
二人が見守る中、サリバンとヘレンのまわりは、明るく、とてつもなく明るくなってくる。
            


             幕

「時代」 
1861−1865 南北戦争  1863 奴隷解放宣言
1880.6.27 ヘレン・ケラー誕生
1887.3.3 サリバン タスカンビアに到着 ヘレン  6才
1898     米西戦争           ヘレン 18才
1905   サリバン結婚 ヘレン 25才
1913     ウィルソン第28代大統領   ヘレン 33才
1914  第一次世界大戦勃発  8月アメリカ中立宣言
1915  クー・クラックス・クラン ジョージアで復活。戦争景気始まる。
1916 アメリカ軍、メキシコ侵入 ヘレン 36才
1917.2.1 ドイツ、潜水艦による無差別攻撃を宣言
     3.11 ロシア三月革命
     4.6  アメリカ、ドイツに宣戦布告
     5.18 選抜徴兵制、議会を通過
      6.15 戦争妨害行為を取り締まる防諜法、議会を通過
11.11 第一次世界大戦休戦
1920.8. 憲法修正 婦人に参政権が認められる。

 1917年秋、アメリカ各地では国家意識昂揚のために、パレードが行わた。
ドイツ潜水艦が無差別攻撃をしたことでアメリカが参戦した。
時の大統領ウィルソンは学究肌で国内的には反トラスト法を制定したり、
国際的には民族自決などを含む14条等を提唱していて、当初中立の立場をとった。
ヘレンも、大統領を支持したが、参戦後非難をする。
 劇は1917年を設定したが、ヘレンの失恋はその前年である。
サリバンもその夫も社会主義者であったし、ヘレンの恋人は秘書をしていたとしかわからない。
従ってこの劇はフィクションである。

参考資料  以下のもの必ず読むこと。 ◎は絶対に読み終わること。
書籍◎「愛と光への旅」ジョゼフ・P・ラッシュ 中村妙子訳 新潮社
  ◎「ヘレン・ケラー」フィオナ・マクドナルド著 菊島伊久栄訳 偕成社
  ◎「ヘレンケラーはいかに教育されたか サリバン先生の記録」明治図書
                遠山啓序・槇恭子訳
◎「私の生涯」角川文庫 ヘレン・ケラー 岩橋武夫訳
  「盲ろう者とノーマライゼーション」福島智著 明石書店
「渡辺荘の宇宙人」福島智著 素朴社
「ゆびに聴く 盲ろう青年福島智君の記録」小島純郎・塩谷治著 松籟社
   「ヘレン・ケラー」槇恭子著 国土社 
   「ヘレン・ケラー 自伝」ぶどう社 川西進訳
   「ヘレン・ケラー 三重苦をのりこえた奇跡の人」集英社 加覧俊吉
「ヘレン・ケラー」井上一夫訳 講談社
   「ヘレン・ケラー 三重苦をのりこえた愛の人」徳永寿美子 偕成社
   「ヘレン・ケラー 響きあうものたち」松兼功 東京演劇集団「風」
「五体不満足」乙武洋匡  講談社
VTR「奇跡の人」「愛は静けさの中で」「愛は暗闇を超えて」「八日目」
    「ネル」「西部戦線異常なし」「風とともに去りぬ」「マイ・フェア・レディ」
    「ラグタイム」「野生の少年」「HELEN KELLER」「王様と私」
映画 「風の歌がきこえてくる。」
 


土田峰人の作品掲載戯曲集


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